第40話

「私は第5衛兵長のスラッグ」

「おれはその部下のアックってんだ。よろしくね」

「俺はリック。こんななりをしてても一応貴族なんでよろしく」


 互いに自己紹介を済ませ、話題はさっきの貴族の物であろう馬車に。


「あれって貴族の馬車だよね?」

「君はあれが誰の馬車か分かんなかったのか?」

「王都に来るのは初めてだし、何より貴族全員死ねばいいの精神だから」

「同じ貴族でありながらなんと物騒な。とはいえあの貴族とやりあうのは止めといた方がいい。あの馬車にはロガノフ侯爵の家紋が入っていた。たとえ正当な理由であろうと、あちらの機嫌が悪ければ物理的に首が飛ぶ」

「侯爵かぁ……」


 侯爵なんてトップオブトップの貴族じゃないか。それは確かに分が悪いね。おまけに魔法に敏感な護衛が居た。あれの目を盗んでの魔法での暗殺っていうのは難しそうだ。まぁ、暗殺なんてケチな事を言わず、宇宙から隕石を落とせば事は済むんだけど、ヴォルフが守った王都ごと駄目になるからやらんけどね。


「ところでリックといったか? 貴族らしいが家名は?」

「カールトンだけど?」

「「あの英雄の息子⁉」」


 どうやら2人はヴォルフの事を知っているらしい。まぁ、逆に知らない方がどうかしてるってくらいその名は王国中に轟いているらしいけどな。まぁ、貴族中に嫌われてるってのはどうか知らんけどね。


「父さんを知ってんだね」

「そりゃそうでしょ。あの人が居なかったら先輩もおれもこうしてのんびり衛兵なんてやってないんだから。感謝してもし足りないくらいさ」

「まったくだ。あのお方のおかげでこの王国に住む何10万もの民が救われたのだからな。この地に住む無辜の民であればすべからく感謝しているだろう」

「へー。そんな凄いんだー」


 ヴォルフやエレナの口から過去に英雄として国を窮地から救ったという端的な説明はされていたけど、実際に救われた側から話を聞くのは何気に初めてだな。


「当然であろう。君はその息子として父の偉大さが分からないのか?」

「まぁ、多少は分かってるかな」


 アリアに訓練をつけてる時のヴォルフは確かに凛々しいが、大抵は事務仕事をひーこら言いながらこなしてるか、ルッツが来た日に酒をしこたま飲んで二日酔いになってエレナに叱られてる姿の方が非常に印象的なんで、偉大かどうかは疑問が残る。


「そんな事よりちょっと急いでるから行くね」

「待て。どこに向かうつもりだったのだ?」

「ちょっと石材屋にね」

「石材屋? 子供の行く場所にしては変だね」

「ちょっと王女への贈り物に必要なんだよね」


 って訳で、さっきと同じように靴の裏に土魔法で板を作って、無魔法でふわっと浮いてさっさと目的地に向かおうとしてんのに、2人が立ちはだかる。


「待て。さすがに見過ごす訳にはいかない」

「なんでさ。さっきこれは浮遊であって飛行じゃないって認めたでしょ?」

「確かにお前のそれは浮遊だと認めた。しかし、それは我々が認めただけであって他の衛兵が同じ意見とは限らない」

「そりゃそうか。じゃあ一緒に来てよ」


 これが地球なら無線でありスマホのlin〇なりであっという間に情報がいきわたるけど、そんなのが存在するわけないこの世界じゃあ情報を伝達するのも一苦労だ。

 そして、どこかで衛兵に見つかるたびに事情聴取されるのは非常に時間の無駄でしかない面倒を、この二人に押し付ける。そうすれば、少なくとも2回は面倒な説明が無くなる。


「ではアック。貴様が同行しろ」

「ちょっと待ってくださいよスラッグ先輩。ガキのお守りなんて面倒——じゃなくて、責の重い任務は隊長である先輩にやってもらわんと」

「何を言うか。私はこれから兵舎に戻り、侯爵の到着を知らせねばならぬのだが、お前がその任を請け負うとでも?」

「いやー。先輩には先輩の仕事があるみたいなんで、おれはこっちを請け負いますんでそっちはお任せしまーす」


 協議? の結果、俺の見張りは若手のアックが務める事になった。まぁ、やり取りを見てた限りだと、兵舎に戻る方が面倒な仕事なんだろう。逃げるようにその場を後にする。


「じゃあ案内よろしくね」

「任しとけ――じゃなくて。うけたままりましただったっけか?」

「そう言うのいいよ。別に貴族って言ったってぽっと出の成り上がりだし、俺自身が貴族な訳じゃないし、大前提として堅苦しいのは息が詰まる」

「なら素で行かせてもらうよ。いやー坊主がそういう人間で助かった。正直言って貴族の相手っていい事があんまりなくてさ。あんま関わり合いたくないっしょ」

「あー……俺も同じ印象かな。特にウチって他の貴族に蛇蝎のごとく嫌われてるからさ。こっちもこっちであんま関わり合いになりたくないんだよね」


 どうやら俺のイメージする貴族は貴族で間違いなかったらしい。あの伯爵はどっちかと言えば善人の部類だけど、面倒臭いのは間違いない。それと声がデカいから二度とお近づきになりたくない。


「石材屋だっけ? そんな所で王女の贈り物用意するってのはちょっと止めといた方がいいんじゃないか?」

「ちっちっち。おっさんは俺が何か分かってないね」

「おれはまだ25でおっさんなんて呼ばれる歳じゃねぇっての!」

「俺からすればおっさんだよ。ちなみに俺は魔法使いだから、こんな事が出来る。造形」


 実物を見せようと土魔法でフィギュアを作る。

 題材は――リラックスしてる熊だ。


「ほー。器用なもんだな。しっかしなんだこのやる気のないブラウンベアは」

「少女受けを狙ってるんだよ。男相手だったらもっと精巧な物を贈るよ」

「なるほど。こりゃあ確かに子供に受けそうだ」

「でしょ? とはいえ土色一色だけだと味気ないし、父さんが贈り物として豪華に見えるようにって注文されたから仕方なくね。だから石材屋で色とりどりの石を買って色付けに使おうかなってね」

「そういう事か」


 俺的には土一色でも構いやしないと思うんだが、ヴォルフがそれじゃあ駄目だって言うんだもんなぁ。だから仕方なくこうして行動してるわけで、そうじゃなかったらパーティーまでずっとぐーたらしてるって。


「って訳なんで、石材屋に楽して移動しようと思ってたところにおっさんたちの邪魔が入ったわけ」

「だからおれはおっさんじゃないって言ってんだろう!」

「どうでもいいって。そんな事よりさっさと終わらせたいから急ぐよー」


 ついて来るって事は、俺が巻き起こす面倒をすべて引き受けてくれるって事だ。あんま目立つのは好きじゃないが、どうせ王都にはこの一回しか来ない予定なんで多少そうなったところで時期に忘れ去れる。人の噂も75日っていうし。

 まずは逃げないように魔法で拘束。


「おい坊主。何するつもりだ」

「魔法での移動についてこれないでしょ? だったら一緒に空を飛んで――じゃなかった。浮遊して石材屋まで行こうじゃないか」


 にちゃあ……と粘着質な笑みを浮かべながら土板を作り、それにおっさんを乗せてさっきと同じくらいの高度まで浮かび上がる。


「さっきの先輩の話聞いてなかった? 空を飛んでの移動は禁止されてるって」

「だからおっさんが居るんでしょ? 衛兵に止められたら説明して」

「いやいや。確かに事情の説明はするけどさ。さすがにここまで大がかりだと説明にも時間がかかる。ここら辺は第五隊の管轄だけど、石材屋に到着するまでに少なくとも3つの隊の管轄を抜けないといけないから……正直面倒臭い」

「警備が厳重なんだね」


 王都としては至極当然なのかもしんないけど、こっちとしてははた迷惑な話でしかないが、普通に移動しなきゃ何の問題もないんじゃないか? うまくいけば目立つような事もないし……うん。これはいい。


「じゃあ別の方法をとる事にするよ」

「そうか。それを聞けて一安し――」


 その方法とは、人の目に映らないほどの上空まで移動。そっから重力に任せた自由落下で石材店へ。

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