第38話
「あっはっは。悪いねー。あまりにも似てなさ過ぎて他の女に手を出しちゃったのかって疑っちゃったよ」
我が家の俺以外の顔面偏差値は非常に高い。それこそ地球であればモデルとして一線を張れるし、ファッションショーなんかも余裕なレベルだろうけど、そんな中で俺はいわゆる一般人フェイスだ。ハッキリって百人中百人がヴォルフとエレナの子ですねんと言ったところで信じないだろう。何せある意味二人の血を引き継いでないんだからな。
「俺もその線を疑いましたから気持ちは分かりますよー」
今は貴族っぽい格好をしてるからギリ貴族として認識してもらえるだろうけど、いつも着てる服でここから逃げ出せば高い確率で見つからないだろう。それくらい一般人に溶け込むフェイスだからね。醜いアヒルの子に境遇は似てるように見えなくもないけど、大人になっても変わらんだろうから結末は違う。
「まぁ、母さん相手に浮気なんて自殺行為以外の何物でもないから違うと思いますけどねー」
「エレナは怒ると怖いからね」
エレナという女が居ながら別の女に手を出す。そんな事を想像するだけで首を冷たい刃物がゆっくりと通過する感覚に襲われるんだ。ヴォルフがそんな真似できるわけがない。
まぁ、エレナがやったんじゃないかって疑問は残るけど、あえて口には出さない。さすがにそいつを言っちまうと空気が絶対零度レベルで凍り付くんでな。
「それより、部屋はどうなってる?」
「今回は2人部屋だね。シェリー。案内したげな」
「はいな女将さん。ヴォルフさんついて来るいいですよ」
シェリーと呼ばれた獣人は足取り軽いステップで隣の家屋へとはいっていくのでそれに続く。
建物自体は年季が入ってるがボロいって訳じゃない。1階は食堂兼酒場として使ってるようで宿泊客であろう冒険者だったり商人だったりがぽつぽつと座っており、テーブルで酒を飲んでいる。
「こちらに記入よろしくするよ」
変な敬語に内心首を傾げながらも台帳に名前を書くと引き換えに鍵を受け取る。
「父さんは馬車を入れてくるから、リックは先に部屋に行ってると良い」
「分かったー」
「部屋は2階の一番奥だから気を付けやがれです」
「はーい」
なにを気を付けるのか分からんけど、階段を上るのも面倒なんで魔法で2階に上がって宛がわれた部屋に入ってみると、8畳くらいの部屋にベッドが2つあるだけのシンプルと言えば聞こえはいいかもしんないけど、かなり狭めだった。
「まずは窓を開けるか」
掃除はしてるんだろうが埃臭い。すぐに窓を開け、風魔法を部屋中に巡らせて集めたゴミなんかをひとまとめにして火魔法で焼き尽くし、後は残りかすを窓からぽーいすれば終わり――じゃない。
「かび臭いな」
気になったのでベッドを調べたらやはり手入れが行き届いていない。良い睡眠は良い環境から。こんなダニが居そうなベッドで寝るなんざ俺のぐーたらライフが許さねぇ。
「獣人さーん。ちょといい?」
「なんだですかー? って、布団が浮いてやがるですー」
「自力で運べないからね。そんな事より布団洗っていい?」
「知らねーでござ。女将さん庭にいるからそっちに聞きやがれでございます」
「なるほど……」
ならばそっちに行くしかあるまい。
布団一式と一緒に庭の方に行ってみると、そこでは女将さんが洗濯物のシーツを干し。ヴォルフが苦い顔をして近づいてくる光景があった。
「ちょいとお客さん。ウチの布団持ってどうしたんだい」
「汚いから洗う」
「またお前は……勝手な事をするなと言っただろ!」
「これはぐーたらするために必要な事! たとえ父さんでも引く気はない!」
よい眠りは寝具の良さにかかっている。それをないがしろにすることはぐーたらライフを信条とする俺のポリシーに反するので、何と言われようと引くつもりはない。
「お、おおう……こんな真剣な表情を見るのは初めてだ」
「失礼な。俺はいつだってぐーたらする時は真剣だよ。だから洗っていいよね?」
「まぁ、駄目になったら弁償するっていうなら構わないよ」
「そんなへまはしないですよ」
って訳でサクッと水にドボン。
じっくりと水に漬け込んでからの超音波振動で隅々の汚れを搔き出してみると出るわ出るわ積年の汚れが。思った通りの汚れっぷりだぁ!
「はぁ~。一番下が魔法使いなのは聞いてたけど、ここまで出来るのかい」
「ええまぁ。楽して生きたいんで努力しましたよー」
「それにしてもえらく汚れてたじゃないか。これでも清潔が売りだったんだけどね」
「仕方ないですよ。手作業で布団を洗うのはそりゃあもう重労働だしね」
水を取り替えて同じことを3回繰り返すとようやく綺麗になったみたいで、汚れが出てくる事が無くなったので今度は乾燥。火魔法と風魔法でのドライヤーもどきで綿の一本一本まで熱風で乾かす。
「はぁー。その歳でいくつもの属性をここまで使いこなすなんて、学園に入ったらいいんじゃないかい?」
「死んだほうがマシな提案なんで断りまーす」
「ちょいとヴォルフ。どんな教育してんだい」
「小さい頃からこうなんだ。もはやどうにもならん」
なぜか死にも等しい場所への勧誘を断ったらヴォルフが頭を抱えた。昔っからそんな場所で何かを学ばせるつもりなら俺はこの家を出ていくと譲らなかったんだ。いまさら何を困ることがあるというのか。
熱風を当て続けて20分ほどで煎餅布団――とまでは言わんが平べったかった布団がふっかふかの状態になった。これなら快適な睡眠ライフが送れるだろう。
「こりゃ驚いた。買った時とまるで同じじゃないか!」
「……ただ洗っただけでここまで変わるのか」
「普通に洗ったんじゃここまでならないよ。ふんわりするように洗ったからこその結果だよ。かび臭いにおいもなくなったし、これでぐっすり眠れる」
ふっかふかの布団にくるまれて寝るのは最高の贅沢だからね。夕飯までぐっすりしたいと思うのはぐーたらの抗いようのない性よ。
「羨ましいねぇ。懐に余裕があったら他の部屋もお願いしたいところだよ」
「王都にある石材屋の場所を教えてくれたらやってもいいよ」
「随分と安いじゃないか。そんなんで良いのかい?」
「いいよ。今後のためにちょっと用事があってね」
俺的にはプレゼントは忠誠のポーズのためとはいえ、心証が良いに越したことはなく、一番手っ取り早いのが色彩豊かにする事だと考えのもと、石材屋で茶色以外の石材が手に入れば御の字だ。
「だったらお願いしようかね。ウチの布団は綿を使ってるおかげで冷期は暖かいと人気でね。それがそこまでふっかふかになるなら明期に入ったけどもうひと稼ぎ出来そうじゃないか」
「そうだ。今綿の値段はどうなっているんだ?」
「買うんだったらおススメはしないね。随分前から入手が難しくなってるせいでかなり高騰してるからね」
「そうか……」
ルッツの予想通り、ひと月経っても事態の収拾は出来てないらしい。高位冒険者が集まるらしい王都なのに、そんな依頼すらこなせないなんて質が疑われるね。
「その話はどうでもいいとして、今すぐ洗濯出来るのがあるならしちゃうけど?」
「ありがたいね。それじゃあシェリーと一緒に持ってくるからちょいと待ってておくれよ」
そういって女将さん達は5つの布団を持ってきたんで、同時進行であっという間にふわふわ仕上げにするとたいそう喜ばれ、夕飯のメニューがほかの宿泊客と比べて少しだけ豪華になった。
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