第37話

「お? あれが王都?」

「そうだ。大きいだろう」

「だねー」


 村を出発して二週間。実に長かった。帰りもアレが待ってるんだと思うと正直気がおかしくなりそうだけど、今はようやく訪れた到着を喜ぼうじゃないか。問題の先送りと何も変わらないけど、解決法がない以上はどうにもならんのよ。

 しかし大きな外壁だぁ。五階建てくらいの石壁が左右にはるか先まで伸びてて終わりが見えない。

 おまけに外壁の上には巨大な弓が複数設置されてたり、魔力を持った兵士がウロウロ見張ってるんで防備は万全に近い。ワイバーンは無理っぽそうだけど、地上を進む魔物であれば問題なく防衛できそうだ。

 そんな王都を眺めながらゆっくりと坂を下って少し進んだ先にようやく入口だろう巨大な門がその姿を現す。

 ここまでくれば、後は遅々として進まない列に紛れて順番を待つのみ。さすが王都と言われるだけあって申請待ちがとんでもなく多いね。正直一日で足りるかなぁとボケーっと考えてると、俺の乗る馬車が列からルッツ達の商隊から離れだした。


「あれ? あっちに並ばなくていいの?」

「ああ。父さんは貴族だからな。専用の門がちゃんとあって、そっちから王都に入れるようになってるんだよ」


 そう説明しながら少し離れた場所にある小さな門へ向かうと、傍に居た兵士が駆け寄ってくる。


「お名前と貴族証を」

「ヴォルフ・カールトン男爵だ。報告会への参加のため訪れた」

「では荷物の検査を行いますので少々お待ちください」


 そう言って併設されてる詰所からもう一人やってくると馬車の背後に回る。何やらガサゴソ探る音が聞こえるけど、荷物らしい荷物はないんで5分もかからず終了。


「積み荷に問題はありませんでしたのでお通りください」

「嫌われ者の成り上がり貴族相手にちゃんとした言葉遣いをするなんて、王都の兵士は貴族と違って教育が行き届いてるね」

「……他の貴族の前であまりそういった発言は慎むように」

「分かってるって。伯爵の時も努力してたでしょ」

「伯爵だから良かっただけだ。他の連中であればあんな言葉遣い程度では文句の一つや二つ飛んでくる」

「でも習ってないし」


 事実、貴族に対する礼儀は全くと言っていいほど出来てないし、俺もやるつもりはない。最低限敬語は使う。だけどそれ以上はヴォルフの解説次第かな。かなりヤバい奴相手であれば努力はするけど、そういった教育をしなかったヴォルフも悪い。


「宿にいる間に簡単に教える」

「はーい」

「だから問題を起こさないでくれよ」

「相手次第かな」


 こっちは誰とも関わり合いになるつもりはない。最低限王家に忠誠を誓ってますよってポーズのために贈り物はするけど、進んで疎んでる貴族と仲良くなるつもりはない。パーティーって事は美味い飯が出るって事だ。今回はそれが目的だ。


「そんな事よりだよ父さん。王家って美味い物食ってるよね?」

「当然だろう。父さんのような零細貴族とは訳が違うからな」

「なら腹が破れるギリギリまで食べて他の連中を無視するよ」

「……声をかけられたら自己紹介くらいはしておけ」


 さすがに挨拶を無視するのは悪いからな。そのくらいのことはしておこう。

 さて、とりあえず王都での立ち回りについての話は終わった。後は目的地の宿に着くまでのんびりと王都の風景を眺めますかね。

 当然だけど、やっぱ外壁の中は中世ファンタジーって感じの光景が広がってるね。

 まっすぐ続く石畳の路面に、かすかに魔力を感じる街灯が等間隔に並んでて、それをまっすぐ進むと途中に随分と筋骨隆々な男の石像が建っており、そのさらに奥にかすかに青い尖塔が印象的な城が確認できる。


「父さん。あの石像って誰?」

「国王陛下だ」

「あれがそうなんだ」


 随分と精悍な顔つきをしているし、体つきもかなりがっしりとしてていかにも強者って感じが見受けられるけど、こういうのは得てして誇張して造るのが慣例。きっと本人はここまで強そうじゃないんだろう。


「あれって本当に本人?」

「……ああ」

「随分間があったけど?」

「間違いなく国王陛下御本人だ。15年前だがな」


 思った通りだ。一応昔はこんな体してましたよってのは本当みたいだけど、最盛期の姿を石像にしたのは本人なりの見栄だろう。


「ふーん」


 まぁ、見栄を張ったところで一般市民には分かんないだろうし、貴族でもさすがに国のトップに対して「あれって何年前ですかww」なんて言える訳ないからあれでいいんだろう。

 そんな大通りを歩く人の波は人間は勿論ドワーフだったり獣人ってラノベなんかでよく見る種族の中に、トカゲっぽい鱗を持った半魚人っぽいのとか、ドワーフより小さくて小柄な園児っぽくしか見えないのだったりとよく分からんものそこそこ居る。

 とはいえ俺が知ってるってのもおかしいんで、馬鹿なふりして聞いてみるか。


「王都って見た事ない人ばっかだね」

「うん? ああ、ドワーフだったりリザードだったりハーフリングなど世界には数多くの人種が存在しているが、これだけ見る事が出来るのは王都ならではだろう」

「ふーん……なんで?」

「冒険者ギルドの本部があるからだ。ここでなら大きな依頼がたくさんあるからな。自分の名を売るのにはうってつけという訳だ」

「あぁ……なるほど」


 あれがそうだとヴォルフが指さす先にあったのは、随分と頑丈そうな建物だ。

 見た目は普通の石造りの3階建てっぽい物だけど、わずかに魔力を纏ってるな。おかげで中にいる冒険者や職員の魔力量なんかが少しだけ分かりづらい。

 でもあんなのはここに来るまでの冒険者ギルドには無かったのになんでここだけ?


「気づいたか?」

「結界があるね。なんでここだけ?」

「恐らく防備の意味があるんだろう。王都には高位の冒険者が多いからな。万が一にも建物が倒壊などして死んでしまっては大陸中から非難を受けるからな。なので各国の首都や大都市のギルドにはああして結界が施されているんだ」

「ふーん」


 まぁ、確かにそんな事になって多くの高ランク帯の冒険者が死んだりしたらその損失は計り知れないだろうね。

 しかし……高ランクになっても建物の倒壊一つで死ぬなんて、人間って脆いなぁ。レベルとかあればそんなしち面倒臭そうな事をしなくても済みそうだけど、あいにくとこの世界にそんなシステムは存在しない。


「やっぱり働くって大変だね。俺は一生ぐーたらするよ」

「はぁ……どうしてこんな息子に育ってしまったのか分からん」

「失礼だなぁ。俺が居れば領地は一生安泰だよ? 喜んでよ」


 自分でいうのもなんだが、俺は一つの集落に一人は欲しい便利な魔法使いだ。これを何もない貧乏極まる領地に留めておくなんて不可能なのに、それが一生居るというのだからもろ手を上げて喜んでほしいくらいだ。


「……とにかく宿に行く」

「はーい」


 まずは定宿としてる場所に向かうらしい。

 そこは貴族が泊まるような場所じゃないらしいが、ヴォルフも俺も貴族って事をひけらかすような性格じゃないし、そもそも貴族かどうか怪しいレベルの生活を送ってるんだ。文句などあろうはずがない。

 まずは大通りを二つほど横に入る。それだけで賑やかさが半分くらいに減り、冒険者や商人と言った人種から、ちらほら何かしら手に職を付けてるだろう人もいるけど、明らかに一般市民って格好がほとんどを占める。


「あそこだ」


 憩い亭なんて看板が下げられてる宿は、二本通りを外れた場所にしては随分と広い。馬車だったら5台は止められそうな庭にシーツがはためいてて、そこでは恰幅のいい女将さんって言葉が似合いそうな女性と、首輪をつけた奴隷獣人が忙しそうにしている。


「一年ぶりだな。アレッテ」

「おや。ヴォルフじゃないかい。まだうちに泊まってくれるのかい?」

「ああ。今年は一番下の息子を連れて来た」

「リックです」

「……妾の子かい?」

「エレナとの子だ!」


 まぁそう思われるのも無理はないレベルで似てないけど、まさかいの一番にそれを言いますかね。

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