第36話

 さて……本来はやりたくもない貴族への恩売りだが、ヴォルフがやれと言ってる以上は従うしかない。それが息子として生まれた者のしがない定めって奴さ。


「警告しまーす。5つ数を数える間に馬車から離れて下さーい。じゃないと怪我しても知らぬ存ぜぬで押し通すんで文句言わんでくださいねー」


 ちゃんと聞こえる声量で忠告はしたが、ガキの言葉と言う事で信じる兵士は皆無なので、一応5カウントしてから土魔法で馬車を泥から引っ張り上げる。


「……浮遊」

「うわわわ……」

「は、離れろー!」


 掴まっていた兵士が慌てて馬車から手を放して逃げるが、それで怪我をしたところで俺の知る所じゃない。ちゃんと忠告はしたし、馬車は損傷しないようソフトタッチで置いたから問題はないはずだ。

 そして丁字路についても、水魔法で乾燥。土魔法で均して元は知らんが元通りかどうかは知らんが轍は綺麗サッパリ取り除いた。この間1分も掛かってない。


「おお! あれほどビクともしなかった馬車がこれほど簡単に取り出せるとは見事だぞ少年! それに荒れ果てていた街道もここまで完璧な物を一瞬のうちに作ってしまうとはな。男爵は良き息子をもったものだ!」

「ええ。ゲイツ共々自慢の息子です」

「じゃあ行こうか父さん」


 仕事が終わった以上、ここに居てもやる事が無い。ならさっさと戻って王都に向かうだけだ。


「ああ。では伯爵。我々は先を急ぎますので」

「うむ! 実に見事な手腕であった! 時に少年よ。その実力を我が領地で振るう気はあるか!」

「ないですね。俺は自分の土地で死ぬまでぐーたらするって決めてるんで」


 動労は俺のもっとも忌み嫌う事の一つだ。今は生きてくのにもひーこら言ってる状態だから渋々動き回ってるけど、後5年もすれば村中に魔道具があふれ、農作業は全てゴーレムが肩代わり。村人がやる事といえば人口を増やす事とぐーたらする事くらいだろう。

 そんな未来を敵じゃないが味方でもない貴族の領地経営に邪魔されるなんて反吐が出る。咄嗟に棘のある言葉を出さなかったのは隣でヴォルフが目を光らせてたからに過ぎない事を言っておく。


「実に残念だ! ではまた「ちょっと待て!」」


 どうやら伯爵も本気で引き抜く気はなかったようで割とあっさり引いてくれた。

 なのでさっさと退散しようとしてた所に、さっきまで石に腰かけてへばっていた眼鏡をかけローブを纏って杖を手にしてるいかにも魔法使いっておっさんが、伯爵の言葉を遮ってこっちに向かって声を張り上げた。いいのかなぁ……そんな事して。


「ベレット! ワシの言葉を遮るとはどういうつもりだ!」

「し、失礼いたしました! しかし伯爵。そこな少年の魔力操作は尋常ではありません!」

「む? そうなのか!」

「ウチは何者かのせいで基準となる魔法使いが1人しかいない僻地暮らしですからね。そこの魔法使いに比べれば上手いと自負してますけど、他の人とは比べた事が無いんで分かりませんねー」


 別に魔力操作が上手いと思った事は一度もない。普通に使ってるだけだしヴォルフも魔力量については多い多いとよく言って来るけど、そっちに関しては正直言われた記憶が無い。

 そして、ぐーたら時間を邪魔しやがったおっさんにちょこっと挑発めいた事を言ってやるとあからさまに表情が歪んだが事実だ。最大魔力量がどのくらいか知らないけど、現状ではヴォルフどころかアカネにすら劣る。


「貴様……っ! 学園を優秀な成績で卒業したこのベレットを虚仮にするか!」

「でも事実じゃん。馬車引っ張り上げられなかったんだし」


 俺にできておっさんにできない。それだけでどっちが上かなんて一目瞭然だ。


「ワシは魔法に関してはさっぱりだ! 故に何が凄いのか分からん! ベレット。ワシに説明してみろ!」

「……正直に申し上げると詠唱の短さが尋常ではございません。それに魔力量も信じられないほど強大です。正直……宮廷魔導士以上かと」

「それほど凄いのか⁉ それは是非とも我が配下として欲しい人材だな!」

「死んでもお断りです」


 俺はぐーたらするために生きてんだ。そうしてていいなら考えてもいいだろうけど、ヴォルフからこのおっさんは武闘派と聞いてるからな。十中八九肉体労働を強いられる。そんな人生は御免だ。


「伯爵。息子は我が領にとってかけがえのない存在ですので引き抜くようなことは勘弁いただけませんでしょうか」

「おお! そういえば貴殿の領地が富むようになったのは息子の魔法によると言っておったな! それでは仕方あるまい! ワシとしても戦友の首を絞めたくない」

「感謝いたします」


 うん。声がデカいし暑苦しいけど悪い貴族じゃないみたいだね。そこまで警戒する必要はないかもしんないね。

 とりあえずこれで話は終わりかな? だったら今度こそ自分の馬車に戻ってぐーたらさせてもらおうかね。


「待て少年! それだけの技術と魔力量をどうやって手に入れた」

「ぐーたらしてただけだよ」

「ぐーたら? なんだそれは」

「朝起きて顔を洗うのに水魔法を使い。それを乾かすのに風魔法を使う。移動には土魔法で作った板の上に乗って無魔法で浮く。暑ければ風で涼んで。寒ければ火で暖を取る。こんな生活を続けてると、こんな風になるよ」


 事実、これ以外してた記憶はない。常にどうやったら魔法でぐーたら出来るかを考え、実行に移すのに血のにじむような努力を繰り返す。あれ? これって訓練じゃね? との結論に至ったのは最近だ。


「いや無理だろ! というかなんだその適応属性の多さは! ほぼ全属性が使えるではないか!」

「まぁ。別に単一属性だけでもやり方はあるでしょ」


 火であれば年中木炭作るとか。

 土であれば土いじり。

 水であれば水撒きや旅の水筒替わり。

 とにかく。魔法で出来る事は多岐にわたる。それが出来れば魔力操作なんて上手くならない訳が無い。


「何と不純な……魔法は魔物と戦うためにある力ではないか」

「俺の住んでるところはロクな魔物が出ないんでね。それに、操作が上手くなればそれだけ余計な魔力を使わないから継戦能力があがると思うけど?」


 魔力操作が上手い=魔力消費に無駄が無いという図式が成り立つ。そうなれば自然と魔法を行使できる回数が増え、魔力量が増えて結果的により長くぐーたら出来る。最高のサイクルが完成する。これの何に不満があるのか俺には全く理解できない。


「第一、馬車を引っ張り出すのに魔法使ってる時点でその言い分は通じないし」

「なるほどな! ではベレット! 貴様も少年を見習て魔法でぐーたらして見せよ!」

「それが伯爵様の命であれば……」


 真面目だなぁ。あんなんじゃ未来永劫ぐーたらなんかできやしないだろうね。

 とはいえ、真面目には真面目な利の魔法の使い方ってのもある訳で……。


「おっさん。得意属性は?」

「お――ワタシはまだ23だ! それと得意属性は土と水だ」

「なら丁度良い仕事があるじゃん」


 じっと見つめる先には泥だけになってる兵士20人。このまま行軍を続けるのが彼等の仕事なんだろうが、綺麗になればその分気分も良くなるし、汚れた格好で伯爵の護衛をすると、あそこは薄汚れた兵士しか使えないほどの財政難なのかと後ろ指をさされないとも限らないなんて事をわざわざ説明してやると、ベレットはなるほど! いった表情をしてすぐさま兵士を洗い始めた。


「痛ぇ! もうちょい優しくやってくれよ!」

「おいおいベレットさんよ。全然汚れが落ちてねぇぞ?」

「わ、分かっておる!」


 他人を水魔法で洗うってのは思いの外難しい。強すぎれば痛いし弱いと汚れが落ちん。20人もやれば良い訓練になると思う。俺も自分を洗ったりアリアを洗ったりして随分と修業を積んだからな。


「では失礼。先を急ぎますので」

「うむ! ご苦労であった!」


 ふぅ……これでようやくぐーたら出来る。

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