第35話

「あー。いい加減飽きたー」


 村を旅立って今日で1週間。王都まであと半分ってとこまで来たんだけどまぁ暇で暇で仕方がない。

 調査として魔法で適当に植物を拾ってみるけど、有用な植物は見つからないし、生き物は逃げるように魔法の範囲から逃げちゃうし。魔物は数が少ないのかひっかりもしない。

 寝てりゃいいんだろうけど、路面が酷すぎるからまともに寝らんないだよな。


「ねー。魔法で運んじゃダメなの?」


 このくらいの商隊であれば全員を土板に乗せて運ぶくらい大して難しい事じゃない。確か馬車での移動ってのは1日50キロくらいが限界だったはず。

 それに当てはめると、今日で村から350キロくらい来た事になる。残り350だとすると……2日あれば何とかなるかな? やってみないと分かんないけど。


「出来るのか――いや、やらんでいい。早く到着したところで報告には順番もあれば開催時期も決まっているからな。早く着いた分だけ時間と滞在費用の無駄になる」

「ちぇー」


 まぁ、俺も無駄遣いは歓迎したくない。何せうちは赤貧貴族だからな。あーあ。こういう時って盗賊に襲われたりとかするのがテンプレだと思ってたんだけど、そういった気配はかけらもない。よほどこの街道の治安がいいのかね。


「平和だねー」

「ここ一帯を治める領主は王国きっての武闘派だからな。兵の鍛錬として魔物狩りに賊狩りを頻繁に行っていると聞いてるからな」

「なるほどねー」


 読み手からすると、物語ってだけあってそういった山場みたいのを作ってもらわんと話として面白くないが、現実は何も起きずのんべんだらりとしたぐーたらライフがマストよ。


「うん?」

「おっと? どうした」

「この先に随分と人が集まってるみたいだよ。ざっと50人近い」


 突然の急停車に2人で前のめりになる。すぐにヴォルフが御者に問いかけるも、俺達は最後尾に近い位置にいるんで前の状況がさっぱり分らんから、索敵魔法で周囲の状況を調べてるんだが、それによると道のど真ん中で数十人がひとかたまりになってるのがよくわかる。


「それは随分と多いな。魔物の類ではないんだな?」

「うん。別にそういった気配はないよ」

「ならば見てきましょうか?」

「必要ない。急用であればあちらから説明に来るだろう」


 ヴォルフの言葉通り、1分もしない内にルッツのトコの従業員奴隷がやって来た。


「どうした?」

「この先で貴族と思わしき一団が、先日の雨で悪化した路面に車輪を取られ立ち往生しております。あの様子ですと復旧にはしばし時間がかかると思われます」

「へー」


 確かにここ数日雨は降ってたけど、言うほど酷かった印象はない。とはいえ街道は基本土むき出しの道なんで、馬車みたいな重量級の物が通れば当然足元は歪む訳で、それが貴族の物となればより重量がかさんでドップリ――って感じかな?


「この道を使うという事は恐らく……救援に向かうぞ」

「頑張ってー」

「お前も行くんだよ。というかお前の魔法が主戦力だ」

「断る! なんでクソの役にも立たなかったゴミ貴族相手にそんな事しなくちゃなんないのさ。困ってる姿を横目に通り過ぎてやろうよ」


 俺にこの国の貴族に恩を売るメリットなんざ存在しないからな。自分で望んだとはいえ、あそこまで貧乏な生活を送らざるを得ない羽目になった3割くらいはそいつらのせいだからな。


「恐らくだが、立ち止まっている貴族というのは父さんと一緒に戦った戦友だ。出来れば恩を売りたい」


 どうやら非常に珍しいタイプの貴族らしい。まさかそんな貴族がこの王国にいるなんて微塵も考えてなかった。さすがにクズばっかりだったらとうの昔に滅んでるか。


「嘘だったら母さんに村に着くたびに酔いつぶれてたって言うけどいい?」

「……構わんぞ。だが面倒は起こすなよ」

「そこまでの覚悟があるならやるよ。暇だしね」


 恐怖を引き合いに出しても一歩も引かんとは……どうやら戦友ってのはあながち嘘じゃないらしい。


「でも違う貴族だったら手は出さないよ」

「父さんもそこまで善人ではないさ」


 って訳でヴォルフと共に商隊の最前線までやって来た訳だけど、どうやら現場は多くの人が行きかう丁字路のど真ん中。そこが明らかにぬかるみになってて、ど真ん中に貴族というだけあって俺のとは比べモンにならないくらいの豪勢な馬車が横倒しに。それを必死に起き上がらせようと20人くらいの兵士っぽい連中が泥の中で奮闘してる。


「出来そうか?」

「あの程度で難しいと思われるのは心外だね」


 土魔法を使えばたとえ全部埋まってたとしても引き上げる事は出来る。しかし豪勢だなぁ……趣味じゃないから乗りたいとは思わないけど、金がある所にはあるんだなぁと実感する。

 そんな事をボーっと考えながらヴォルフの後をついていくと、まるで岩みたいな縦にも横にもデカい筋肉の塊みたいなカイゼル髭のおっさんのトコにたどり着いた。


「アッシュフォード伯爵。お久しぶりでございます」

「おお! 貴殿はカールトン男爵ではないか! ふむ……多少筋肉が減っているようだな。キチンと訓練をせんと救国の英雄の名が泣くぞ! ガッハッハ!」


 うわぁ……お近づきになりたくねぇ……。


「それで、どうやらお困りのご様子で」

「うむ! 連日の雨で地面が緩くなっておったせいで見事に足を取られてな! 交通の要所でもあるのですぐにでも復旧させたいんだがご覧の有様でな!」


 20人もいて馬車一つ起き上がらせる事が出来ない。その事に伯爵は激を飛ばしてるが、足元が安定しない状況で数百キロの馬車を立て直すってのはそれこそ魔法を使わんと難しい。

 おまけに交通の要所というだけあって、三叉路の現場周りには行商人だったり乗合馬車だったり冒険者だったりが黒山の人だかりとなって迷惑そうな顔をしてる。

 これが乗合馬車とか商隊の馬車とかだったら周りの連中総出で解決できるが、ところがどっこいこの馬車は貴族のだ。一般市民が容易に手を貸せる相手じゃない。最悪不敬罪で首と胴体のお別れ会をせにゃいかんくなる。


「よろしければ我々が復旧の手伝いをせてもらえませんでしょうか?」

「喜ばしい話だが貴殿1人加わったところで状況が改善するとは思えぬぞ!」

「なので息子を使います。挨拶しろ」

「……どうも。リック・カールトンです」

「おお! お前が男爵が常々話しておった秘蔵っ子か! うむ……確か魔法使いであったな!」


 あれ? 今このおっさん……俺に対する言及を避けたな。きっとヴォルフにもエレナにも似てない死んだ魚みたいな目をしたモブっぽいいで立ちは口に出したら失言と捉えたんだろう。

 間違っちゃいないが、このおっさんをしてそれをさせる俺って不憫だねぇ。まったく気にしてないけど。


「ええまぁ。馬車を引きずり出せばいいんですよね?」

「その通りだ! しかしお前のような少年に可能なのか! 我が配下にも土魔法使いが居るが、奴では微動だにしなかったのだぞ!」


 その件の魔法使いは……奥の石に腰かけてへばってるあれか。随分魔力を使ったみたいであんま魔力は感じられないが、ほかの連中と比べて一段も二段も体つきが薄い。そんなにきついのかなぁ?


「まぁあのくらいなら問題ないです」

「リック。ついでに丁字路の整備もやっておけ」

「勝手に他領の土地に手を出すのは違反なんでしょ」

「その領主の目の前だ。構わんさ」

「……はーい」


 なるほど。まさかのお隣さんだったか。とはいえあまり派手な改修をすると面倒なことになりそうだからな。その辺は加減するとしよう。

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