第32話

「リック。起きろ」

「んや? もう村に着いたの――って明るいじゃん」

「昼飯の時間だ。そろそろ野営地に到着するから起こしたんだ」


 なるほど。エレナが居ないから多少は飯を食うのをサボってもいいんじゃないかって考えが脳裏をよぎったけど、途端に背筋がゾクッとしたんで睡眠を遥か彼方に放り投げる。睡眠やぐーたらより命が大事。


「野営地ってこれ?」

「ああ」


 馬車が止まったのを確認して降りてみると、野営地にしては随分とこじんまりとしすぎてるな。この辺りを利用するのはルッツ達くらいだから奴隷にでもやらせたんだろうけど、ハッキリ言って馬車が止まれば埋まってしまうくらいに狭い。


「ちょっと広げるよ」

「任せる」


 これについては文句を言わないみたいなんで、ちょっと本腰入れて整地。

 まずは広さを倍以上に広げて地面も均し、ないよりましの柵を作り。端の方に竈を複数設置。最後に――


「やりすぎだ。このくらいでいい」

「そう? 最後に小屋でも建てようかなって思ってたけどいいの?」

「別にいいネ。ここは休憩で使う程度で、寝泊まりはこの先の村かヴォルフの村ヨ」


 なるほど。それであればわざわざ小屋を作って狭くする必要もないか。

 とりあえずやる事はやったんで後は飯が出来るのを待つだけだ。こういう時に何もしなくて済む貴族っていいなぁと思う。

 しかしそうなると途端に暇になってしまう。

 寝るのが一番なんだが、さすがにここで寝るとヴォルフからげんこつが落とされそうなんて、土魔法でジェンガを作って暇をつぶす。


「……やはり地味だな」

「まだ言ってるの? いい加減諦めなって。ルッツも無理って言ったんでしょ」


 あれからヴォルフはルッツに綿や紙の入手に関していくらか訪ねたみたいだったけど、その返事は芳しくなかった。

 まず綿だけど、どうやらこの世界では魔物から入手するのが一般的らしいが、現在その魔物を飼育している森一帯に別の魔物が大量発生中で、ここ数か月ほど冒険者が時々駆除に当たっているが、いまだに解決の兆しはないらしい。

 次に紙だけど、こっちは王都中を探せば見つかるらしいんだけど、俺が提示する枚数を購入するには値段が金貨一枚では収まらないらしい。それくらい紙は貴重で高価なんだとか。


「報告会がなければ駆除依頼に参加したんだがな」

「父さんがやったら冒険者達の仕事がなくなるでしょうが」


 ヴォルフは英雄と呼ばれるほどの実力者。大抵の魔物は歯牙にかけないし、苦戦するような空を飛ぶ系の魔物だったら国が出張ってくると仮定すると、綿が取れる場所に生息するのは飛ばないけど強い魔物になる。

 とはいえ、俺達が王都に到着してなお解決してないとなると、危険はないけど強い魔物って事になる。動かないタイプか? いや、もうこの話は忘れよう。覚えてたって俺の負担が増えるだけで、その結果は大して旨味がないんだから。


「ままならんな」

「別にいいじゃん。これも家族にで遊ぶにはもってこいの贈り物だと思うよ?」


 土じゃさすがに見た目が悪いから鉄にしたけど、四方には子供受けするように動物の細工をしてあるし、けがしにくいように角は丸くしてあるし、これもハニカムで作ってあるんで見た目よりは軽い。まぁ、もともと小さいんで最初から軽いけどね。


「それに、何を送ったってどうせ何か言われると思うよ」


 どういう連中か知らんが、テンプレに照らし合わせればロクでもない連中なのは明らか。そんな連中だ。何を持って行ったところでいちゃもんつけてくるのは自然だろう。

 ならば最初から文句前提の贈り物だと思っておけばいい。俺はネトゲでそういった連中とマッチングした際も特になんとも思わなかったんんで煽り耐性は高い方だと思うし。


「そもそも、ほかの貴族の機嫌を伺うなんて父さんらしくないんだけど?」


 常日頃——って訳じゃないけど、ヴォルフも他貴族の文句は口にしている。なのに王女の贈り物の話になった途端に人の目を気にするような発言が多くなった。ちょっとおかしい。


「父さんが気にしているのは陛下達の心象だ。一応まだ税を少なくしてもらってるからな。王女殿下に少しでも喜んでもらってその期間を延ばしたい」

「なるほどね」


 なんか裏があんのかと思ったらそういう理由か。まぁ、確かにうちは最近になって収穫量が増えてきたからな。そろそろ税収をほかの領地と同様の計算式になんて言われると困るわな。

 つっても無から有はさすがに作れん。何か少女受けするプレゼントねぇ……。


「そうだなぁ……それじゃあ土魔法で石像でも作る?」

「石像? そんなのが喜ばれるか?」

「やり方次第かな」


 サンプルとして角ウサギを模した石像を作って見せると、思いのほかヴォルフが食いついた。


「これは……父さんの知る角ウサギとは形状が違うぞ」

「精巧な石像よりこういう方が女子受けすると思うんだよね」


 ちらっとルッツ達の方に目を向けると、少ない女性奴隷が石像にキラキラとした目を向けてるのがよくわかる。


「なるほど。これならジェンガとやらと比べても精緻さを考えれば贈り物として十分かもしれんな」

「じゃあ後は何か女子受けするような魔物を教えてよ。そうすれば王都でパパっと作るし、色が付けられたらより良い物になるね」

「その辺りはルッツに頼むとしよう。その前にやる事が出来た。武器を寄越せ」


 急にヴォルフの空気が変わったと思ったらそんな事を言ってきたんで土魔法で大剣を作って渡すと派手なひと振りをした瞬間——今まで見てきたヴォルフ像が大きく変わった。


「おおー。いつもの父さんと違って格好いいね」

「……父さんはいつでも格好いいだろ。それよりもそこの三人! 魔物が接近してるぞ! 戦闘態勢をとれ!」


 ヴォルフの一声で三人が調理作業を中断。慌てて武器を持ち始めたんで俺も索敵してみると、確かに魔物らしき存在が複数確認できる。


「結構多いねー」

「そうだな。お前は前に出るなよ」

「分かってるよー。父さんも暇だからって前線に出ないでよ」


 俺もヴォルフも発見した魔物程度で怪我をしたりする事は無いが、これでも一応貴族なんでね。前に出るのはルッツの護衛の冒険者たちの役目だ。


「俺とギンで前に行く。アカネはいつでも魔法を撃てるようにしておけ」

「っし! 一匹残らずぶっ倒してやんよ」

「修行の成果……見る」


 意気揚々と二人が森の中へと入っていった。


「どう?」

「普通の冒険者であれば依頼主を守るために魔法使い以外も残しておかなければならないので感心されない行動だが、連中も他に魔物が居ないとわかってるんだろう」

「まぁ、確かに居ないしね」

「おかげで肩慣らしも出来ない」


 それはヴォルフも分かっているからか咎めるような事もなくぼーっと二人が消えていった森を眺めるだけだ。


 ———


「いやー大量大量」


 10分ほどで森から戻ってきたギンの手には狼の毛皮があり、リーダーの方には肉が。


「それどうすんの?」

「食うんだよ。さして旨い訳じゃねぇが干し肉ばっかで飽きてたからな。腹を膨らますには都合のいい魔物だぜ」

「ふーん……食べられるんだ」


 鑑定魔法で見ても確かに食えるとあるが、確かにさほど旨くはないと書いてある。狼肉ってどんな味がするんだろう。鼻を近づけてにおいをかいでみても血以外の嫌な臭いは今のところしない。内臓の処理もできるとは……異世界テンプレにしてはまっとうな技術だ。


「なんだリック。ウルフを食うのは初めて――痛っ⁉」

「お前は何度言えば貴族にふさわしい言葉遣いをしろといった治るんだ!」

「いいじゃねぇかよ。どうせそういう場所に行くのは兄貴だけだし。アカネだってあんま使えてねぇじゃん」

「わたし、使える。ギンと一緒、ムカつく」


 相変わらずのやり取りはもはや恒例行事なんだろう。言い争いを続ける三人のそばに奴隷の一人がそっと近寄ると肉を手にそそくさと立ち去っていくのを見て俺もそれについていこうとするのをヴォルフに止められた。


「なに?」

「止めておけ。奴隷に近づくな」

「別に何もしないって」

「何もしなくても貴族というだけで相手に重圧を与えるものだ」

「なるほどね」


 それがこの世界の常識であるなら、俺も強引に我を通すつもりはない。吹けば飛ぶような木っ端貴族でも、一般人からしてみれば貴族は貴族。余計なプレッシャーを与えて飯が不味くなるのは勘弁してほしい。


「でも俺達も奴隷を作ったご飯食べるんだよね? だったら別によくない?」

「何を言っている。道中の食事はお前が作るんだよ」

「聞いてないんだけど?」

「少し考えればわかると思うんだが?」


 ……貴族は俺とヴォルフ。御者は村人の男。ルッツ側の食事は奴隷が作ってるから食えないらしい。となると確かに消去法で俺ってなるね。


「はぁ……とりあえず適当でいいよね」

「父さん達は料理が出来ないから任せる」


 馬車を調べると塩と小麦しかないんで、鑑定魔法と索敵を併用して見つけた山菜や魔物を片っ端から魔法で採取。それで適当に作ったご飯で腹を満たし、帰りに採取して村の食糧事情改善に一役買ってくれそうなものに目印を残して野営地を後にした。

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