第33話

 目を覚ますと辺りは夕暮れに差し掛かって随分と暗かったが、耳に届くワイワイガヤガヤとした声は少なからず賑やかだ。どうやら村に到着したらしい。


「ふあ……っ。村に着いたんだね」

「ようやく起きたか。本当に良く寝るな」

「朝早くに起こされたし、正直ほとんど寝られなかったよ」


 昼を少し過ぎたあたりで街道整備の終了を告げられたせいで随分と酷い路面の中、寝なくちゃいけない羽目になったおかげで本当に寝れなかった。この世界に生まれて五本の指に入るくらいの不眠具合だ。


「まぁそれもここでおしまいだ。今日はここでゆっくり休め」

「いわれなくてもそうするよ」


 軽い荷物検査などを受けて村へ。

 村――てか他の集落を知らないから何とも言えんが、ウチと比べて随分と賑やかだと感じる。

 人の数も多いし、冒険者っぽい格好をした連中も多数視界に映る。おまけに商店が酒場だけじゃなくて武具屋だったり雑貨屋までそろってるじゃないか。たった1日移動しただけでここまでの格差があるとは……。


「やっぱ貴族は滅ぼすべきかね」

「いきなりすぎるな」

「だってたった1日移動するだけでこれだよ? そう考えても仕方なくない?」


 これが街だと言われてたら俺もそこまで過激な発言はせんかったんだが、村の規模でここまでの差を見せつけられるとマジで萎えるわぁ。必死こいて魔法を使えるようになり、畑の栄養補給に邁進していまだぐーたらする余裕も持てないのに、ここには人の活気がある。


「確かに賑やかに見えるかもしれないだろうが、この村では毎年凍死する村人が後を絶たないんだぞ」

「こんだけ木があるのに?」


 周囲にはそれこそ我が領地が羨むような量の木々が立ち並んでる。あれらを斬り倒して薪にすれば十分に冬を越せるだけの量があるじゃあないか。それで死んだのはただの怠慢だろうとしか思えないぞ。


「普通、木を伐って薪にするには手間かかる。それに、勝手に伐採してはいけない決まりあるんだよ。なぜならここには木材屋があるからな」

「なるほどね」


 つまり、商売の種を勝手に盗んだ判定になるって事か。そしてこの世は犯罪者にとても厳しい。勝手に木を伐っても最悪死んでしまう事になるなら伐った方がいいと思うんだけど、死者はそれを選択しなかったらしい。


「それに、たとえ薪が手に入ったとしてもウチみたいな暖房器具はないだろうしな。ハッキリ言ってあれは便利が過ぎるぞ。ストーブだったか?」

「そこそこ土魔法が使えれば作れると思うけどね。構造も難しくないし」


 構造は至極単純だからな。それに、木を伐り倒してすぐに水魔法で水分を搾り取れば一瞬で薪が完成する。そのおかげで、2年は村で凍死者が出ていない。


「さすがに収益では負けるが、暮らしやすさでいえばお前のおかげで父さんの村の方が快適だぞ?」

「さすがにそれは嘘でしょ」


 我が領地はかなりマシになったとはいえ貧乏だ。商店はなく、主食となる小麦以外は乾燥物オンリー。配給は月に一回で、夏は灼熱冬は極寒。娼館もなければ酒場もない、本当に死なないために生きてるような酷い環境に比べ、この村の住民は生き生きとしてる。

 これらを見てこっちの方が快適と言われても、それだけじゃあ人生はつまらない。やっぱ気軽に酒を飲んで息抜きが出来るような環境がある分、こっちの方がマシに見える。


「本当なんだぞ?」

「そんな事よりお腹減った。ご飯食べたい」


 いつまでも結論の出ない話をするのは時間の無駄だ。事実、腹が減っている。昼に適当な飯を食ってから何も食ってないからな。寝てるだけかと思いきや、ちゃんと魔法を使ってたからキッチリ腹が減るんだよ。


「……すぐ宿につく。それまで我慢するように」

「ふえーい」


 ぼーっと窓の外を眺めていると、やっぱり賑わってるなぁと思う。

 食料に関しても新鮮な肉があるっぽいし、野菜に関しても乾燥しない物の方が多い。帰りにいくつか買ってうちの畑で栽培できないか実験しよう。

 後は武具だね。この時間になるとさすがに近所迷惑になるだろうから炉の火を落としてるからか静かだし薄暗いけど、鍛冶屋も確認できる。ああいうのがあればわざわざ土魔法で武具を作る必要もないし、農具の修理なんかもそっちで受け持ってもらえるのになぁ。

 そんな叶わない幻想を思い浮かべながらぼーっと町の外を眺めてると、不意に馬車が停止した。


「ここだ」

「ここなんだ」


 馬車から降りて建物を見上げる。

 そういえばこの世界にきて屋敷以外の複数階の建物って初めて見たなぁ。

 宿は三階建てで、外観はお世辞にもいいとは言えないけど、この村の建物の中では道中確認できた冒険者ギルドであろう建物に次いで立派だ。夕方ってこともあって、一階はずいぶんと賑やかだし、風に乗って運ばれる酒の匂いにちらっとヴォルフを伺い見ると、表面上はきりっとしてるが内心飲みたくて仕方ないだろうね。


「二日酔いになっても助けないからね」

「な、何を言ってるんだリック。明日も長い移動が待ってるんだからそこまで飲むほど馬鹿じゃないぞ!」

「そういって今まで何度母さんの説教を受けたのさ」


 毎月ルッツが来た翌日は決まって二日酔いになってエレナに説教されている光景は見飽きるほどに行われる。そこに反省の二文字はないとしか思えん。


「あ、あれはだな……」

「はいはい。そういうのはいいからさっさと入ろうよ。おなかすいた」

「いいかリック。父さんは考えなしにお酒を飲んでるわけじゃないんだぞ? 日ごろの激務につかれた心を癒すために多少たしなむのであって――」


 言い訳を聞くつもりはないんでさっさと宿に足を踏み入れると、そこにいるのはほとんどおっさんで、少なからず女性の姿も確認できるけどウェイターなんで、客としては確認できない。


「いらっしゃ――こんな時間に子供がこんなところに何の用だい?」

「宿泊でーす。それとご飯食べたいんで用意してもらっていいですか」

「おいおい。ガキ一人で宿泊たぁ見過ごせねぇなぁ」

「あ。外に言い訳をしてる父がいるんで文句はそっちに言ってください」

「外だぁ? お! なんだ英雄さんじゃねぇか! お前さん英雄の息子かい⁉」


 どうやら英雄ってのは知れ渡ってるらしいが、口々に似てないねぇといわれる。

 自覚はあるんで特に禁止ちゃいないけど、とにかく腹が減ってる。


「そいうのいいからさっさと飯持ってきてもらえます?」

「すまないね。ちょいと待ってておくれ」


 よっこいしょと椅子に座ってぼーっとする。ヴォルフとルッツは顔なじみらしい村人たちに囲まれてさっそく酒盛りを始めている。あのペースだと両者ともに二日酔いで明日の移動は地獄を見ることになるっぽいな。


「お待たせー」


 料理を持ってきたのはこの店の子だろう。同じくらいの背丈の女の子が両手に肉の乗った皿とパンの乗った皿を置く。


「美味しそう」

「あったり前でしょ。お父さんの料理は一番美味しいんだから」

「そうなんだ」


 まぁ、誰の料理が一番かなんて俺には関係ない。とりあえず空腹を見たせりゃそれでいいけど、この宿の料理は確かにおいしかった。

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