第31話

「ふあ……っ。こんな朝早くから出発するの?」

「ああ。このくらいの時間じゃないと宿泊予定の村までたどり着けないからな」


 明けて翌日。今日はとうとう王都に行かなくちゃならん日なんだが、まさか朝飯の時間のはるか前に叩き起こされるとは思わなかった。

 お陰で眠くてしょうがないんだが、すでにルッツ達の準備も終わってる。正直ギンくらいは同じ穴の狢だと思ってたのに、朝から元気そうなのが気に入らない。


「なんだ?」

「裏切り者。ギンは寝坊しろよ。そうすればもっと寝てられたのに」

「なんでだよ!? ってか兄貴とアカネが居て寝坊なんか出来る訳ねぇだろうが。休息日ならまだしも依頼中だしな。すぐに起きねぇとぶん殴られんだよ」

「当然だろう。護衛の真っ最中に依頼主より後に起きるなど評価に悪影響しかない」

「ん。野垂れ死に。いや」


 やっぱりギンは俺と同類さんらしい。特に抱擁とか固い握手を交わすとかはなかったけど、視線で何となく察する事が出来た。


「そう考えると、やっぱ魔法使えるって便利でいいね。気ままに暮らしていける」


 好きな時に起きて畑の手入れをし。喉が渇けば水を飲み。暑い寒いも自由自在。食事に関しては食堂にでも行って魔法でちょっとした悩みでも解決すればただ飯にありつく事が出来る。まさにぐーたらライフだ。


「リック様が異常。普通そんな風に生きれるほど魔力増えないし、多くの属性は使えない」

「頑張ったからね。アカネは――少しは魔力増えたみたいだね」


 簡単石を握ってたのは2日間だけど、最初見た時に比べ魔力量が微増してる。


「……これでもたくさん増えた。でも二度とやりたくない」

「簡単なのに?」

「無防備になる。危険」

「それは魔力が少ないからだよ。多くなれば自然と気絶しなくなるし、道中は父さんもいるから王都まで寝たきりになってみない?」


 きっと半月もあればそこそこ魔力量は増えると思う。それは魔法使いとしては必要不可欠の要素だからね。無くて困るが多くて困る事はまずない。

 2人で商隊の護衛をするのはキツイかもしんないけど、ヴォルフが居れば問題なく道中は安全。それなら魔法使いが寝たきりだったとしても何も問題はない。


「評価落としたくない」

「あっそ」

「ほら。いつまでも喋ってないで馬車に乗る」

「はーい」


 ひょいと馬車に乗り込んですぐさま横になる。何せいつもより早めに起こされたからね。足りない分の睡眠時間を一秒でも取り戻したいからあっという間に夢の世界へ――


「いだだだだ!? なにすんのさ!」


 せっかく人が眠ろうとしてたって言うのに、こともあろうにアリアがアイアンクローをぶち込んできた。危うく頭蓋が割れるんやないかってくらい痛かった。


「人が見送り来てあげたってのに挨拶もなしに寝てるってどういう事よ」

「いたた……アリア姉さんがこんな朝早くに起きてくるなんて思わないじゃん。サミィ姉さんと母さんは来てないんだからそういうもんだって思うじゃん」

「アンタが寝坊助なだけでアタシはこのくらいの時間にはもう起きて剣の訓練とかしてんのよ。それに母さんとサミィ姉さんだってもう起きてるわよ」

「へー。みんな元気だね」

「アンタが貧弱すぎるのよ。毎日運動すれば早く起きれるようになるわよ」

「遠慮するよ」


 アリア基準の運動は俺にとっては自殺行為に等しい。なのでこっちはこっちで身の丈に合った運動をするつもりです。動けば寝つきが良くなるしね。


「そうそう。母さんから朝ごはんにってこれ」


 アリアから手渡されたのは風呂敷。中身は朝ごはんだというので開けてみると、とてもエレナが作ったとは思えない酷い出来のサンドウィッチが。

 パンの中身は……干し肉と野菜。いつぞや作って見せた奴と何ら変わらんがとりあえず一口。うん……肉は水で塩抜きしてないからしょっぱいうえに細かく切れ込みを入れてないからまぁ硬い。

 エレナであればこんなミスはしない。

 だったらサミィかアリアってなるが、まぁ犯人は目の前に居る奴の仕業だろう。


「噛み切れないんだけど?」

「なんでアタシに言うのよ」

「だってこれ作ったのアリア姉さんでしょ」

「違うわよ」

「違わないよ。母さんだったらちゃんと干し肉の塩抜きはするし噛み切りやすいように細かく切れ込みを入れてくれるし、サミィ姉さんは出来ない事はしない主義だからね」


 仕方がないので魔法で肉に細かく切れ込みを入れてかぶりつく。うん……しょっぱいはしょっぱいけど食べられない事は無い。当然喉が渇くので水魔法で水分補給。


「次からはもう少し食べられる物を用意してね」

「っさいわね。ンな事よりちゃんと王都のお土産買ってきなさいよ」

「はいはい」


 アリアであれば剣でも買えば満足するだろうが、ヴォルフやエレナが許さないんだよなぁ。となると何か無難な品を探さなくちゃいけない訳か。面倒だなぁ。


「痛ッ!? なに?」

「面倒だなって顔をしてたからよ。変な物買って来たらアタシの訓練に付き合ってもらうわよ」

「うへぇ……そいつは勘弁」


 おっさんだった事もあるのか、俺の体力は村のがきんちょ連中と比べても低い。アリア基準の訓練に参加させられた日には簡単に死ねる。適当に拾った木でクマの木彫りでも作ろうかと思ってたが予定変更するしかないな。


「終わったなら危ないから馬車から離れなさい」

「はーい」


 渋々と言った感じでアリアが馬車から離れたのを確認し、御者が馬に指示を出す。


「じゃあ行ってきまーす」

「お土産忘れるんじゃないわよー」

「分かってまーす」


 さーて。これから行きたくもない王都に向かうのか。いやだなぁ……。村から出て数メートル。早速帰りたくなりました。


「あぁ……これでひと月はベッドでの睡眠が無くなるのかぁ……」

「真っ先にそれか……そのくらい我慢しろ」

「それにしても道がひどいねー」


 往来なんてルッツの商隊くらいだから大丈夫かなーと思ってたが、何年も来続けているからか、ほとんどない雨でぬかるみ、それをそのまま放置し続けた結果なのか路面が非常に凸凹していて、少し進むだけでも馬車がかなりが激しく揺れる。


「どこもこんなもんだろう」

「え? じゃあこんな寝るのに一苦労するような揺れがひと月続くの⁉」


 考えられん。俺の睡眠を邪魔するものは、たとえ神であろうと許さん。


「おいリック。何をするつもりだ」

「街道を平坦にする。じゃないとゆっくり寝てらんない」

「止めんか馬鹿者! 一応魔道具の椅子があるんだからそれで我慢しろ」


 怒りの魔法行使もヴォルフに止められ、ふわりと椅子が浮く。

 ……まぁ、それでも多少揺れるけど、この程度であれば寝れない事はないがひと月も続くってなるとストレスが半端ない。


「今回はあきらめるけど、帰りはやるから」

「……やるのはうちの領地だけだ。他領の街道整備をしたとあっては戦意アリと取られるからな」

「じゃあ今やっちゃってもいいじゃん。正直、安眠を害されるのは何より嫌」

「……じゃあ少し待て」


 そういうと一旦馬車を止め、御者に二言三言伝えるとルッツがやってきた。


「どうしたネ? まだ村を出たばかりヨ」

「リックが街道の整備をしたいらしい」

「こんな悪路じゃ寝れないからね」

「とんでもない理由ネ。でもこちらとしてはありがたいヨ」

「じゃあやっちゃうねー。整地」


 さらっと魔法を使えばあら不思議。ほんの数秒であれだけ凸凹だった街道が平坦になったではありませんか。


「あっという間だな」

「余計な時間かけられないんでしょ。常時展開しておくから進んでくれれば勝手に均すから、駄目になったら教えて」

「はぁ……とりあえず今日は平気だ」


 うん。やっぱり道が平坦になると揺れの度合いがけた違いに少ない。これならぐっすり安眠する事が出来るな。

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