第25話
「「ただいまー」」
「おかえりなさーい。ちゃんとご飯の時間に帰って来たわねー。あら? アリアちゃん何かいい事でもあったのー? 嬉しそうよー?」
「きっと冒険者と心行くまで訓練出来てるからでしょ」
朝飯食って訓練。昼飯食って訓練。夕飯食って訓練――はさすがにエレナに止められるだろうけど、一日の三分の二位を訓練に費やす予定なんだ。冒険者を目指すアリアにとって、そこそこの実力者であるあの連中を相手に出来るのは楽しくて仕方が無いんだろう。
「フンッ!」
「あっと危ない。そう何度も当たらな――うわっ!?」
「隙だらけよ馬鹿」
く……っ。やはり魔法があんまり使えない家屋では圧倒的に分が悪い。頭を狙った一発目は何とか回避したけど、二発目になる足払いを避けるなんて魔法を使わなきゃ俺には無理。あっさりと尻もちをついた。
「なんなんだよ全く……母さん。アリア姉さんを怒ってよ」
「うふふー。仲睦まじいわねー」
「今のどこをどう見たらそんな感想が出てくるのさ」
暴力を受けた現場を目の当たりにしたはずなのに、エレナは頬に手を当ててなんかニッコニコしてる。これ以上文句を言った所で話が通じそうにないんで泣き寝入りしよう。この恨みは外に出た時に晴らせばいい。
非常に納得のいかない一幕を終え、手洗いうがいを済ませてリビングに顔を出すと、ヴォルフが何やら難しい顔をして手紙を読んでいた。紙ってところにそこはかとなくいやな予感がするなぁ。
「なにそれ?」
「あぁ……報告会の召集令状だよ」
「ご愁傷様」
報告会はいわゆる確定申告みたいなもんで、毎年決まった時期に領主が王都に呼ばれ、自領がどれだけの利益か損失を出したかの報告を行い、同時に貴族同士の親睦会みたいなもんをやるらしい。
当然ながら我が家は成り上がり貴族として非常に嫌われており、一部の軍閥貴族と嫁に行った2人の姉が居るところ以外からはハブられているのだとか。
そんなところに毎年いかなくちゃなんないヴォルフ――ひいては領主は大変だなぁと内心合掌する。
「何言ってんだ。今年はリック――お前も来るんだよ」
「無理に決まってるじゃん。今俺が居なくなったら村が終わるよ?」
俺が魔法で畑を使える物に出来るようになって3年。ようやく税として納めてなおくいっぱぐれる事が無いくらいの収穫が出来るようになったってのに、ここから一月も魔法によるバフが無くなるとどうなってしまうのか分かったもんじゃない。
それに水もだ。この領地はほとんど雨が降らないし川なんてご大層なモンももちろんないので、昔はルッツから水も買っていたらしい。
それがいまじゃあ俺の豊富な水魔法でアホ程作れるから飲み放題だし水浴びだって問題ない。一応水脈はあるけど結構遠いので両親から10歳までは行っちゃ駄目とNGをくらってる。それの供給がひと月無くなるのは自殺行為に近い。
魔道具の本が手に入った今、5年後ならある程度ぐーたらの目途が立ってるだろうから仕方なしに行ってもいいけど、今一か月もここを離れるのは非常に不安だ。
「大丈夫だ。一月くらい離れた所で平気なくらいこの村は豊かになった」
「無理。父さんは土魔法使えないから分かんないだろうけど、この土地って前々から随分荒れ果ててたせいで頻繁に栄養を入れないとあっという間に畑の外の土に持っていかれちゃうんだよ」
今では多少マシに見えるようになったけど、初めて家の外に出た時はそりゃあもう酷かった。あの光景は正直二度と見たくない。だからぶっ倒れまくって畑に栄養振りまいたし、激ニガな薬も飲みまくった。
おかげで今は最低限人として暮らせる程度にはなったけど、まだまだ足りないものが多すぎるんだよな。
「リック。この村はもう一月程度お前の手が入らなくなったくらいでは揺るがない。多少は麦の育ちが悪くなるかもしれんが、全て枯れる訳じゃないだろう?」
「うーん……それは多分大丈夫だと思うけど、収穫量は絶対減るよ?」
「問題ない。多少減ったところですきっ腹を抱えるほど困る訳ではないだろう?」
「多分ね。じゃあ水はどうするの?」
麦の収穫量を諦めるのはいい。実際に税として納める分を除いても若干ひもじい思いをするかもしんないけど、餓死まで行くほどの困窮具合じゃない。
だが、水ばっかりはどうしようもない。今じゃあ村に井戸が複数あるけど、それは全て形を成した貯水タンクでしかない。
毎日減った分を満たしてるから分かる。ひと月持たないのは明らかだし、かといって広げすぎると水くみが重労働になるんだよなぁ。
「確か遠方に水脈があると言ってたな? ルッツが依頼した冒険者に頼んで護衛をしてもらうから行く前に造ってしまえ。そうすれば問題は無いだろう?」
「はぁ……どうしても行かなくちゃ駄目? 正直行く理由が何も無いんだけど?」
水が確保できるなら最悪麦は枯れないし、村人も水不足に悩む事も無くなる。しかし、そこまでして俺が報告会に参加したところで何か実りのある事があるとは全く思わん。
「実は陛下がお前に会いたいと仰っている」
「はぁ?」
ヴォルフによると、こんな僻地だからしばらくは無税として領地を軌道に乗せてもらい、それから少しづつ税を上げていこうと考えていたらしいんだが、こんな土地じゃあロクに作物なんて育たない。気候のせいで毎年人が死ぬ。当然ながら十何年もロクに税を納める事が出来なかった。
そんな状況がほんの三年前。俺が魔法を使って無茶をし始めたあたりからグンと収穫量が増え、今までは指定量の麦を税として納められている。急にどうやって? と考えるのは至極当然。昨年の報告会で理由如何を問い詰められた結果、俺の存在を暴露。興味を持った国王が俺に会いたいと。
「ハッキリ言って滅茶苦茶迷惑なんですけど」
「居ないからってハッキリ言うわね」
「でも迷惑でしょ? 俺が居なくなったらお風呂とか面倒だよ?」
水であれば水脈から引っ張って来れるけど、お湯にするには火が要る。俺が居ればそもそもお湯を出せるんで何の問題もないけど、居なくなれば当然温かい風呂に入るには相応の苦労が必要になる。
「大丈夫よ。火付け位アタシでも出来るわよ」
「まぁ、出来なきゃ冒険者として野営が出来ないからね」
「うっさいわね! とにかく余計な心配しなくてもいいから行ってきなさい」
「はいはい。行けばいいんでしょ行けば」
やれやれ。そこまでして王都に行かせようとすると何か裏があるんじゃないかって勘ぐってしまうが、ここで報告会に行った事が無いのは俺だけ。何があるのか分からんけど、胸糞悪い事があるだろうってのは察してるから適当に済まそう。
「はいはーい。お話はそれくらいにして、ごはん運んでちょうだーい」
「はーい」
今日のご飯は食材がたっぷり入ったスープにベーコンを挟んだパン。昨日までのわびしい食事と違って旨味が十分に感じられるとても美味しい食事でした。
「さて……それじゃあリックも王都に行く事になった訳だが、水路はどの位で完成させる事が出来る?」
「そうだねぇ……現場の状況次第かな?」
あくまで土魔法で探知しただけだからな。現場がとんでもない場所だったら数日はかかるだろうし。逆に何にもない荒れ地だったらその日の内に終わるかもしれない。
「そうか。なら今すぐルッツと話をつけに行くか」
「洗い物してからいってちょうだいねー」
「はーい」
という訳で、ちゃんと食器を洗い終わってからヴォルフと共に村へ。宿なんかはないけどルッツが来た時のための専用の家はちゃんと建ててある。
「ルッツは居るか?」
「珍しい組み合わせネ。一体どうしたヨ?」
「リックの王都行きが決まったんだが水不足を解決するためには村の外に行かないといけなくてな。悪いが冒険者を貸してくれないか?」
「別にワタシは構わないヨ。お前達はどうネ?」
「私は構いませんが?」
「おれっちはあの嬢ちゃんに稽古つけてやる約束があるから」
「アカネはまだ寝てるネ」
という訳で、工事について来るメンバーはリーダーに決まった。
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