第24話

「リック様ちょっといいネ? 砂糖の件で話あるヨ」


 扇風機の風を浴びてボーっとしてるとルッツがやって来た。砂糖の件で話があると言いつつもその目はガッツリ扇風機に向いてる。


「砂糖?」

「そうネ。あの砂糖はこれからも同じ量を卸せるネ?」

「毎回は無理だね。魔法である程度出来るといっても成長するのに時間がかかるし、俺はぐーたらしたいから熱心に作るつもりはない。そのために作り方渡したよね?」


 甜菜の育成方法から砂糖の精製方法まで。詳細を記した羊皮紙数枚を金貨10枚で売り払たんだ。小規模と言えど商会を立ち上げてるルッツならなんとかなる――いや、何とかしてもらわにゃ困る。


「無茶言わないで欲しいネ。確認したけど、あの施設作るのに金貨10枚じゃ足りないヨ。ガラス潤沢に使うほどワタシの商会そこまで余裕ないヨ」


ガラスは御多分に漏れず高級品――まぁ値段は知らんけどね。それをふんだんに使い、育成に適した気温に潤沢な栄養を蓄えた土壌。魔法が使えなきゃそれを用意するのは至難の業。黒い数字を帳簿に記入するには長い年月掛かるだろうね。


「まぁ、別に売らない訳じゃないんだから頑張って」

「リック様――」

「ヤダ! ガラスを売る程度ならいいけどこの村から出るのは勘弁」


 いくら金を積まれようと、半月もかけて王都に行くなんて超絶時間の無駄を過ごすなんて絶対に嫌だが、ガラスを売るのは問題ない。まぁ、ここから無事に運び出せるのであればだけどな。

 転移で多少外の世界を見てるからな。路面が滅茶苦茶デコボコしてんのは履修済みなので、ガラスが運べないのは百も承知なのさ。


「……分かったヨ。それで、今度は何作ったネ」

「風の出る納涼魔道具ー」

「おー。確かに涼しいネ。馬車に付けたら熱期も辛くないヨ」


 熱期ってのはいわゆる夏の事。春は明期。夏は熱期。秋は灰期。冬は冷期。ってな感じで一応四季が存在するけど、広大な大陸じゃあ平等な四季が来る場所は限られてる。

 ちなみにウチは熱期と冷期が年のほとんどを占める非常に暮らしにくい地域です。


「ところでさ。貰った魔道具の本に狙ってた氷属性の魔法陣が描いてないんだけどどういう事?」

「当然ヨ。氷属性扱える魔法使いなんて、ワタシ知ってるのリック様くらいネ。だから魔法陣無いの多分当然ヨ」


 なんてこった。つまり、冷房を使って夏を乗り切る案が一瞬でご破算となってしまったではないか。俺が居るから屋敷は相変わらず快適空間に出来るけど、村人はそうはいかなくなってしまった。


「どうしようルッツ。村人が出て行くかな?」

「……急に何を言てるか理解苦しむヨ」


 とりあえず俺のぐーたらの未来を軽く話したら、ルッツは本当にバカな人間を見たって表情で「そんなんで居なくなる方がどうかしてるヨ」と言われてしまった。

 ここに来る道中に村や町が合計で5つあるそうなのだが、ルッツ基準だと我が村はその中でも2番目に豊かで、安全性で言えばぶっちぎりトップなんだとか。

 理由の一つに俺の存在がある。

 複数の属性を広範囲・長期間展開できるお陰で畑は凶作知らず。おまけに餓死どころか飢える心配のないほどの食料が毎月配布されるが、これに関してはいずれは打ち切る事をキッチリ報告してるので今のうちだけの特権みたいなもんだが、これもかなり特殊な事例なんだってさ。


「でも寝苦しいくらい暑かったり凍死するくらい寒いのって嫌じゃない?」

「熱期も冷期もそういう物ネ。誰もどうにか出来る思てないヨ」

「ウチでは熱期はずっと氷魔法で。冷期は火魔法で温度を一定に保ってるよ」

「……どうりで快適だ思たネ」

「そうしないと寝れないしアリア姉さんがストーブだと寒い寒いってうるさいから自然とね」


 訓練している時は暑かろうが寒かろうが汚れようが欠片も気にしないクセに、いざそれが終わるとすぐに水魔法での風呂とは名ばかりの洗濯を要求するし。それが適温じゃないと暴力を振るってきたり文句をたらたら流すので、水と火のコントロールは土属性の次くらいに自信がある。


「とにかく。普通の村人はそう簡単に居なくなったりしないから安心するいいヨ」

「ちなみにだけど、魔石って買える?」

「勿論ヨ。ワタシ扱ってない。けど冒険者協会に頼めば手に入るネ」

「じゃあ長持ちする魔石一つお願い」

「承ったヨ」


 夏は諦めるとしても、冬はさすがに見過ごすわけにゃあいかん。夏に死んだりする事例はこの村ではゼロだけど、冬の凍死は数えきれないほどあるからな。ストーブは薪代が結構かかるのに対し、魔石であれば日々充填すれば長持ちするだろう。


「……それにしても、よくいつまでもやってられるよねー」


 ここについてからノンストップでアリアとギンはやりあい続けてるし、リーダーの方もグレッグと一緒になって村人に訓練を行っている。今まで訪れた冒険者の誰よりもアグレッシブだ。


「リック様はアカネと――うん? なんでこんな所で寝てるネ?」

「ああそれ? 寝てるんじゃなくて魔力を増やしてる最中」

「ワタシには寝てるようにしか見えないヨ。一体どうなってるネ」

「手に黒い石握ってるの見える? それが魔力を吸い取るんだよ」

「……呪いの石ネ?」

「俺は簡単石って呼んでるよ」


 何せ握ってるだけで魔力量を増やす事が出来るんだ。これを簡単石と呼ばず何と呼ぶ。


「死ぬ危険はないネ?」

「無いと思うよ? 俺がこうして生きてるのが証拠でしょ?」

「……あまり無茶させないで欲しいヨ」

「それは本人次第かな?」


 俺もぐーたらするために相当な無茶をした。アカネも強くなりたいって気持ちが強ければ村にいる間中はずっと寝てることを選ぶかもね。まぁ、飯の時くらいは起きてもらいたいんで起こすけど、トイレばかりはどうしようもない。せめてもの情けとして見つけた場合は魔法で可能な限り処理させてもらおう。


「それなら任せるネ。所でどうやって起こすヨ?」

「おばば特製の魔力回復丸を使う」


 その昔は、俺が畑の栄養を補充をするたびにぶっ倒れてたから、ルッツに頼んで薬草を仕入れてもらって試しに作ってもらったんだが、これがまぁとんでもなく苦い。数日は何を食っても味が感じられないくらいの激ニガ薬だが効果は抜群。

 あっという間に魔力が増えて使わなくなったけど、亜空間には一定数がまだ活躍の場を求めて息をひそめている。これを使えば魔力が空になってトんだ意識も一発で叩き起こす事が出来る優れ物。ただし本当に苦い。


「それなら問題ないネ。ところで、そろそろお昼になるけど大丈夫ネ?」

「あれ? もうそんな時間か。忠告ありがと」


 魔道具をいじってると時間があっという間に過ぎてくなぁ。さて……ちゃんとお昼を食べないとエレナに叱られるんで家に帰るとしますかね。


「リック様。放っておいていいネ?」

「んぁ? そうだったそうだった」


 危なくアリアを忘れるところだった。わざわざこんなとこまで連れ出された恨みを晴らすために無視して帰りたい衝動に駆られるけど、それをやると後が怖いんで仕方ないがあの激闘に水を差すとしますか。


「……塹壕&水流」


 ルッツの手前なんで簡潔にだけど詠唱すると、アリアとギンが暴れまわってる辺りに一瞬で25メートルプールくらいの穴が開けば当然落下は免れないけど、そのための水流だ。


「わぷっ!?」

「ぶわっ!?」


 ロクに抵抗できないまま水に落ちた二人を、水流で流しながら塹壕をこっちに向かって掘り進めればあら不思議。一歩も動く事無くアリアがそばに寄って来たじゃありませんか。


「お昼ご飯の時間だよ」

「アンタねぇ……なんで普通に止めらんないのよ!」

「何度も説明したよね? 普通にやって止まらないからだって」


 アリアは熱しやすい。両親の声であれば何とかなるけど、下に見てる俺の声は微塵も届かない。なので魔法による実力行使が一番簡単だ。何せ動く必要が無いんだからね。


「おいおいおいおい……あんな一瞬のうちに馬鹿デカい穴に大量の水を満たせるって、お前とんでもない魔法使いだな!」

「ありがと。それよりもご飯の時間だから姉さんを返してもらうよ」

「構わねぇぜ。しっかし若いのに大した実力者だ。さすが英雄の血筋だな」

「……」

「それは違うよ。姉さんの実力は姉さんの努力によるものだよ」


 確かに救国の英雄ヴォルフの血筋ってのはあるかもしんないけど、才能だけでやっていけるほど人生ってのは甘くない。必死に努力を重ねて血豆を何度も潰しながらようやくここまでの力を付けたんだ。

 それを血筋の一言片づけられるのは可哀そうだ。


「フンッ!」

「痛ッ!? なに?」

「なんでもないわよ」

「じゃあ殴らないでよ」

「うっさいわね。それよりも家に帰るわよ。母さんに怒られちゃうわ」

「なんなんだよ全く……」


 酷い目に合った。わざわざヴォルフの娘だからって言葉に不満そうだったから反論してやったってのに、暴力を返されるとは思いもせんかった。

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