第23話

「ふあ……っ。眠」


 昨日はやはり村で酒盛りが行われ、ヴォルフもそれに参加して当然のように二日酔いになってエレナから滾々と説教を受けている。いくらおばばの所に治療薬があるとしても、飲みすぎは良くないよねー。


「起きたばっかりのクセに眠いって何よ。そういう時は運動するのが一番!」

「その意見には同意するけど、内容に関しては賛同しないよ」


 朝起きて、久しぶりのまともな食事を終えてすぐにアリアは冒険者達との手合わせをするつもりでいて、それに俺を参加させようとしているらしいが、そうなれば死ぬのは確実なんで絶対に参加しない。


「アンタ魔法使いでしょ? だったらそっちの冒険者に魔法の話でも聞いたらいいじゃないの」

「……姉さんにしては珍しい提案だね」


 と言っても魔法に興味はない。これだけ使いこなせるようになったのはあくまでぐーたらする為であって、ここを訪れた魔法使い冒険者の方にはあっても、俺に他人から学ぶ事なんて何もないんだがね。


「正直言って、アンタにかまってるよりあの男から一本取りたい気持ちが強いのよ」

「じゃあ一緒に行かなくてもいいじゃん。俺としては家にこもって魔道具研究したいんだけど?」

「……昼と夕方になったら教えなさい。昨日みたいな方法でやったらぶっ飛ばす」

「はいはい。わかりましたよ」


 つまり、体の良い時計代わりって事か。

 しかしまぁ、その程度の事で避けられない死の運動地獄から解放されるんであれば否はないけど、わざわざ村の訓練所まで行くのに歩きってだけでそこそこハードワークなので、俺はいつも通り土魔法で作った椅子に乗らせてもらい、アリアは準備運動代わりに走ったんだけど、準備運動だよね? って疑問に思うくらい速かった。


「待たせたわね! 今日こそ一発叩きこんでやるわ!」

「子供は朝から元気だねぇ。ま、こっちも雑魚魔物ばっかで体が鈍ってたから丁度いいんだけどな」


 訓練場に着くなりアリアは木剣片手に斬りかかり、格闘スタイルの獣人――確かギンだったっけ? はあくびを嚙み殺しながらそれを平然と受け止める。おおぅ……あの一撃を受け止めるとはやるなぁ。


「何をちんたら走ってやがるウスノロ共が! そのスライムにも劣る愚鈍な動きが戦場で通じると思ってるのか!」

「その通りだ! この程度の準備運動で音を上げていては戦場ですぐに死ぬぞ!」


 そんな激闘が繰り広げられている横では、相変わらず鬼軍曹っぷりを発揮するグレッグと村の未来の領主軍候補達が死屍累々と言った様子で歩いてるのか走ってるのか分からない速度で蠢いてる。

 そんな中に、一人だけ平然と走り回っている大男が一人。パーティーリーダーの獣人だ。


「ちょっとグレッグ。あの人って護衛依頼を受けた冒険者だよね? なんで一緒の訓練受けてるの?」

「あれですか? ここはロクな魔物も居ない平穏な地ですからね。体力を持て余しているのではないですか?」

「まぁ、本人が納得してるならいいけど……強制した訳じゃないよね? 王都に戻った時に悪評広められるのは困るんだけど?」


 他を知らんから何とも言えないけど、グレッグが行う訓練は見た感じ非常にハードだ。そこにまたとない対人訓練だとか何とか言いくるめてあのリーダーを強制参加させたとあっては冒険者達からの評判すら落ちかねない。

 そうなると、当たり前だけどこの村までの護衛依頼を受けてくれる冒険者が居なくなるだろうし、売り上げにも影響があるかもしれん。そうなったらようやく最低限人らしい生活を送れるくらい豊かになったの貧乏に逆戻りではないか!


「安心してください。彼は勝手に訓練に参加しているだけですので」

「あっそ」


 ならいいか。自発的に参加したなら怪我したところで自己責任。まぁ、おばばの傷薬はよく効くから多少の怪我はすぐ治るでしょ。

 ぐーたらライフに立ち込めるんじゃないかと思っていた暗雲は一瞬のうちに綺麗さっぱり消え去った。

 憂いが無くなった。これで悠々と魔道具作りに専念できると椅子の後ろに乗せといた本と魔力水と鉄の塊を手に早速始めようとしてる背後から強烈な視線を感じるんで渋々振り返ってみると、獣人魔法使い――アカネだったか? が眠そうな半眼がジッと見つめていた。


「えーと……なにか用?」

「リック様、魔力多い。詠唱速い」

「そうだけど……それが何?」

「どうやった?」


 久しぶりに聞いたなぁ。このフレーズ。

 俺が薬草を卸す事で多少儲けが出るようになったころ、ルッツが幌もない荷馬車から幌付きの馬車数台にグレードアップするのと同時に、安全を考えて護衛として冒険者を雇うようになった。

 中にはもちろん魔法使いも片手で数えられるほどだけど居て、強さはまちまちだがどうしてなのか俺に魔力の増やし方と詠唱短縮を聞いて来るんでいつも同じ答えを返す事にしてる。


「魔力を空っぽにしまくって、詠唱面倒臭いわーって思いながら訓練する」


 実際俺もそうやって魔力量が増えたからな。

 何せ赤ん坊のころは激烈に時間があったし、空っぽにして意識を飛ばそうが良く寝る子だねぇ……ってくらいにしか思われんから絶好の機会だった。

 詠唱も面倒だし恥ずいと思いながらやってたら自然とそれでOKになったんだ。それでだめなら他をあたってくれと言いたいところだけど、大抵の魔法使いは礼を言ってきたんで大丈夫だろうとおもってる。


「魔力を空にする。危険」

「ここには雑魚魔物しかいないし相当探さないと居ないから大丈夫だよ」


 スライムは年がら年中ボーっとしてるし、キノキノコは人を見るとむしろ逃げていくタイプの魔物で、唯一ホーンラビットだけが角に刺されたりするのが危険とは言え、あいつは魔物100匹の中に1居るかどうかってくらいレア。

 それに、この村は俺の魔法で結構頑丈に守ってあるんで、ホーンラビットごときが侵入する可能性はゼロだ。じゃなければ天気がいいからって理由で中庭でぐーすか寝てらんないっての。


「分かった」

「あーちょっと待って。魔法を空にするのに便利な道具があるから貸すよ」


 ポケットから取り出したように見せかけて亜空間から取り出したのは、真っ黒な石。

 これを握っているだけでぐんぐん魔力が吸われてあっという間に空になるから、魔力量を増やすには絶好のアイテムだとフェルトにもらったんだけど、今となっては一個だけじゃ吸われてる感覚が無いんで、最近は十個程度を寝る前に使って魔力を可能な限り消費してる。なので一つ貸すくらいなら問題ない。


「あり――」


 石を手渡した途端、アカネが白目をむいて倒れそうになったんで魔法で支えて急ごしらえの椅子に座らせる。


「懐かしいなー」


 俺もフェルトからこれを譲ってもらった当初はよくぶっ倒れてたな。それが何か月もすると一日中起きてられるようになったなぁとしみじみ。

 とりあえず今日一日握らせとこう。そうすりゃ多少なりとも魔力の最大値みたいなのが増えるだろうから要望には応えた形になるし、色々とウザい質問が飛んでくる事も無くなったんで悠々と魔道具作りに専念できる。

 さて、昨日は着火の魔道具を作った訳だけど、今回は夏に向けて冷房を作りたいがまずは扇風機みたいなのを作ってみたいと思います。

 まずは昨日と同じく鉄板に風魔法の魔法陣を刻み込んで魔力水を充填。魔石板を使ってスイッチにすれば僅か10分で完成。

 早速風力がどの位か試してみると、家庭用サイズで作ったのに学校の体育館なんかで使う大型サイズの強風レベルの風が吹きつけられる。

 これはこれで使い道はあるけど、家庭で使うのはさすがに強すぎるな。もうちょい弱めにするには魔力水の量を減らせばいいのかな?


「お。いい感じ」


 何度か量を調節して家庭用強風くらいの風力に収まった。後はここに氷属性魔法陣を――魔法陣を――


「うん? 氷属性が無いな」


 よくよく確認してみると、今回受け取った本の中に記されてたのは火・水・土・風の四属性で、5・2・1・3と全部で11種類の魔法陣。その中に俺の使える光・闇・時空・氷・雷が載っていないではないか。

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