第22話

「かあさーん。ちょっといい?」

「どうしたのかしらー?」

「おや? その手に持っている物は何だい?」


 一応の完成を見せた魔道具を手にリビングに顔を出すと、すこぶるご機嫌なエレナとサミィががのんびりとお茶をしている。どうやら余剰分の金貨10枚でたっぷりと買い物を楽しんだんだろう。


「これは俺が作った着火の魔道具だよ」

「えっ!?」

「随分と小さくないかい? ボクが見たのはもう少し――いや、かなり大きかったと記憶しているよ」

「試しに小さくしてみたらできたんだ。それで、ちゃんと薪に火がつけられるかどうかを確かめたいんだけど台所借りていい?」

「なんだい。使えないのかい?」

「使えはするけど実際に部屋で薪に火をつけるのは危ないじゃん?」


 水魔法が使える俺にそんな危険は万に一つもない。ないんだが、その光景をエレナに見つかるとそりゃあもうとんでもなく怒られる。かなりこっそりやっているにもかかわらず、危険が絡むとかなりの高確率で発見される。なのでこうして許可を貰いに来たんだけど、エレナがずっと黙ったままだ。


「母さん? どうかしたのですか?」

「リック。その魔道具はちゃんと使えるのかしら?」


 およ? いつもののほほんとした感じが全く見られないぞ。そしてどことなく威圧感がある。普段飄々としてるサミィもどこか緊張感のある表情になった。


「えっと……それを試すために台所を借りたいんだけど?」

「まずはここで火が出るのか見せなさい」

「それは別にいいけど――これでいい?」


 よく分からんが言われた通りに火を灯すとそりゃあもう驚かれた。一体何に驚いてるのかよく分からんけど、ちゃんと証明はした。


「ちなみにだけど、ルッツに販売する予定はあるの?」

「ないよ。もともと村人に配って火おこしをぐーたらさせるつもりで作っただけだから、必要分だけかなー?」


 これはあくまで俺がぐーたらするための第一歩として作ったに過ぎない。着火程度の魔道具なんて、これからの生活を考えればIHみたいな感じにするのが最終目標だかんね。


「……そう。なら問題ないかしらねー」

「いったい何だったの? 別に悪い事したわけじゃないよね?」

「気にしちゃ駄目よー。それよりも台所使いたいんでしょー? ついでに夕飯の準備もしちゃいましょうかー。サミィちゃんは何か食べたい物はあるかしらー?」

「そうですね……今日は食材も豊富だからリックの料理が食べたいですね」

「あらそれはいいわねー。と言う事でリックちゃん。御夕飯お願いね」

「まぁ、別にいいけど」


 これ以上尋ねたところで求める答えは帰って来ないだろう。だったらさっさと頭を切り替えて倉庫に再突撃。朝と昼はいつものだったから、夜はリクエスト通りに作るか。


「何がいいかな……」


 食材は潤沢だ。今日くらい贅沢しても罰は当たらないが、野菜は乾燥したものと根菜中心。調味料は塩オンリー。肉は塩がたっぷりと刷り込まれた物か鈍器だろってくらい固い物しかない。

 この中で食いたい物かぁ……第一位はぶっちぎりで米を中心とした和食だけど、無理な物は無理なので他の物にするしかない。


「うーん……こんなトコかな」


 材料は塩辛いベーコンとニンニクとかぼちゃとトマトに玉ねぎ。


「じゃあ使うねー」


 元々これのために台所に立ったんだ。竈に薪を放り込んで魔道具で着火すると問題なく薪に火が点いてあっという間に燃えた。


「問題ないみたいじゃないか。良かったねリック」

「小さいのに母さんが知ってるのとそん色ないわー」

「そうだねー。後はこれを村人でも使えるように魔石をどうしようか考えないと」


 とはいえこの地で魔石を入手するのはそこそこ大変だ。何せ三種の魔物ですら滅多に見かけないんだからな。

 ダンジョンでもあれば話は別だけど、そんなのが村の近く出来たらぐーたら出来なくなっちゃうから遠慮したい。


「じゃあご飯作ろっか」


 竈が使えるようになれば後は適当に料理をするだけ。今日は豪勢にとのリクエストなので、ナポリタンにかぼちゃのポタージュにローストポークもどきだ。


 調理工程は特筆すべきこともないので省略。


「いい匂いだ。それじゃあボクは父さんを呼んで来るよ」

「じゃあリックちゃんは裏庭に居るアリアちゃんを呼んできてちょうだい」

「ふえーい」


 って事は、まだあの冒険者連中とドンパチやりまくってるって事か。昼食ってすぐに見かけてからずっとやってたんだとすると化け物みたいな体力してんなぁ。


「うーわ。マジでやってんじゃん」


 エレナの指示で裏庭に顔を出してみると、アリアと格闘獣人のハイスピードバトルをタンク獣人と魔法使い獣人が眺めてるって光景に出くわした。


「おや? リック様」

「そう別に様付けしなくてもいいって。背中が痒くなる」

「申し訳ない。普段から意識して使っていないとボロが出てしまいますので」

「ならしょうがないか」


 無理矢理強制させるほど嫌って訳じゃないしね。やっぱ冒険者って面倒臭いと改めて実感するよ。


「冒険者の目線から見て、アリア姉さんの実力ってどう?」

「そうですね……正直、さすが英雄の子供と言えるほどの強さです」

「ん。ギン、加減してるけど強い」

「へー」


 まぁ、確かに。必死にクリーンヒットさせようと凄い形相をしてるアリアと比べ、ギンって呼ばれた獣人の表情からはまだまだ余裕が感じられるもんな。

 とはいえ、いつまでもそんなのを見学してたらエレナに叱られる。そいつは御免なんで、丁度2人の距離が開いたタイミングに合わせて中央で光魔法――いわゆる閃光弾みたいな強烈な光を見舞ってやる。


「「うわっ!?」」

「今のはリックね! いきなりなにすんのよ!」

「ご飯できたから呼んで来いって言われてんの」

「だったらそう言いなさいよ! 目が見えなくなったらどうするつもりな訳!」

「姉さんだったら何とかなりそうだけどね」


 事実。完全に不意打ちをかまして視界を奪ったはずなのに、まるで効いてませんよとばかりに真っすぐ俺に向かって襲い掛かって来てるんだから。

 まぁ、修行が足りないから魔法でちょっとだけ地面をへこませたり盛り上げたりするとつんのめったりすっから間合いは思いのほか縮まらないまま屋敷に突入するとすぐに剣を納める。


「っち! あとで覚えてなさいよ」

「なに言ってるのさ。母さんに説教されたいわけ?」

「もっとマシな止め方があんでしょって言ってんのよ!」

「それで止まるなら誰も苦労はしないんだけど?」


 アリアは集中したら基本的には雑音が入らないようになる。まぁ、とは言えヴォルフやエレナの声であれば余裕でその集中を突き抜けるんで、おそらく小馬鹿にされてんだろうなぁ。だからあんな風に強引な手段に出る訳だ。若干のストレス解消もあるけどな。


「水」

「はいはい」


 ようやく視界が戻って来たらしいアリアに木剣の先で突かれながらの要求に魔法で答える。

 すっぽり全身を覆いつくし、微細振動と緩い回転で土汚れや汗を落として、最後に火魔法と風魔法での全身乾燥を行えば、あっという間に見た目だけは美少女のアリアの完成。


「おなかすいたー。今日のお昼ご飯は何なの?」

「パスタだよ」

「久しぶりね。アタシの分は大盛りでしょうね」

「それは母さんに聞いて」


 俺は作るまではしたが、そっから先は呼びに行く事になったんでエレナの領分だ。

 さーてどうなってるかなーとテーブルに目を向けてみると、どうやらそういう事を見越していたかのようにアリアがいつも座る席に置かれてるパスタの量が他の皿に比べて多い事に気づき、にんまりと笑みを深めた。相変わらずチョロい。

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