第20話

「はー終わった終わった」


 中に氷をたっぷりと詰め込んだ倉庫に食料類の搬入完了。この世界において氷ってのは滅茶苦茶貴重らしいが、俺は魔法でいくらでも――は面倒なんでやんないけど作る事が出来るんで、ここにある倉庫ともう一つ。村にある倉庫にもちゃんと定期的に氷を放り込んだり食材を凍らせたりしている。


「お疲れ様です。魔力は大丈夫ですか?」

「ん? 別に何ともないけど」


 魔法を覚えたての頃と違って十分に魔力量がある今となっては、魔力が無くなって気持ち悪くなったりって事は無くなった。随分と努力したもんなぁ……。


「そう……ですか。でしたら一度馬車へと戻りましょう。ようやくご注文いただいておりました本が手に入りましたのでご確認いただきたいのです」

「何の本?」

「魔道具の本です」

「……ああ!? すっかり忘れてたけどようやく手に入ったんだ」


 実に長かった。苦節三年にしてようやく念願だった魔道具の作り方が分かるよ。

 これで重機でも作る事が出来れば、村人一人辺りの作付面積なんてあっという間にデカくなって収穫量爆増。おまけに高品質とくれば収入は右肩上がり。

 それに、魔道具が勝手に倉庫内の温度管理をやってくれる仕様に変更できる冷蔵倉庫に出来るし。各家を冷暖房完備にする事が出来るようになれば、冬だけじゃなくて夏も快適に過ごす事が出来るようになれば、領民総ぐーたらライフ一直線じゃないか。

 なんて事に思いを馳せながらウキウキ気分で馬車まで戻ってみると、そこには何故か俺に負けず劣らず興奮しまくってるアリアと、確か銅級の冒険者達が一緒に居るじゃあないか。凄く嫌な予感がする。


「あ! リックもちょうどいいからこの冒険者達から稽古をつけてもらいなさいよ!」

「嫌だよ面倒臭い」

「面倒くさいって何よ! この三人は銅級の冒険者なのよ! そんな人たちと稽古が出来るって事がどれだけ凄い事か分かってんの!」

「俺魔法使いだし。大抵の事は何とでもなるから。それに、いずれはグレッグが鍛えた領軍が守ってくれるから大丈夫だよ」


 俺が目指すのはこの地でぐーたらする事。それ以外に欲しい物は特にないから、冒険者との訓練なんて面倒な事をやると思ってる方がどうかしてる。

 これでもそこそこ良好な家族関係を長年築いてきたはずなんだけど、この姉はいまだに俺の生態という物を欠片も理解してくれないらしい。


「元気のないガキだなー。ちゃんと飯食って――痛ッ!? なにすんだアスカテメェ!」


 ポンポンと俺の頭を叩くチャラ獣人のわき腹を、魔法使い獣人――アスカが杖でかなり強烈に小突けばそりゃあ文句も出るわな。


「アリア様と親しい。多分弟のリック様」

「弟ぉ? 随分似てね――痛ぇって兄貴……」


 今度はタンク獣人。杖と違ってたっぷりと体重の乗った一撃が脳天委振り落とされて大部痛そうだ。


「さすがに失礼だろうが馬鹿者! 申し訳ありませんリック様」

「別に気にしてないよ」


 実際に本当の息子って訳じゃないしな。

 はて……そう考えると本来生まれてくるはずだったリックのマジの人格ってどうなってんだろう。もしかして死産だったとか? うーむ……あんま気にしてなかったが、そうだとすると一歩間違えばとんでもないトラウマになる所だったな。


「痛ッ!? なに?」

「ん」


 ぼーっとたらればに思いをはせてると側頭部に衝撃が。

 ズキズキ痛む頭を押さえながら抗議の目を向けると、さも当然のように顎で訓練場について来いとアピールするが、こっちはこっちでやる事があるからな。従うつもりはない。


「荷物についての話し合いが終わってないから」

「そんなの後ででもいいじゃない」

「じゃあ姉さんの料理はしばらく放っておいて腐ったかもしれない食材を使うね」

「……」


 ギロリと睨みつけてくるが、我が家で料理が出来るのは俺はエレナだけ。そして意見が通しやすい――まぁ選択肢が無い訳だけど、何とかなるのは俺だけなんで嫌いな食材を入れるなとよく脅して来たっけ。


「じゃあいいわよ」

「頑張ってねー」


 どうやら、アリアと言えど腐った食材は食べたくなかったらしい。まぁ、ちょっと考えればそんな食材を選ぶのをエレナが許すはずなかろうが。やはり脳筋と言わざるを得ないな。

 面倒な奴を退け、ようやく馬車の中に。


「これが、ご注文いただいてました魔道具製作に関する書物です」

「うわぁ……ってなんかボロくない?」


 手渡された本は、重厚な装丁だけど端の方はボロボロで、表面は傷だらけで何故か一部焦げてたりしてる。中身は……ざっと見た感じは大丈夫っぽいが、こんなオンボロを手に入れるためにフェルトの薬草や親方の調理器具を融通したって言うのはちょーっと釣り合わないんじゃないかなぁ?


「申し訳ないのですがそれが手に入る精一杯でございます」

「なんか理由でもあんの?」

「そうですね。単純に魔道具の子細を記した書物が手に入らないのです」

「でも魔道具って結構あるんだよね?」

「勿論でございます。王都には魔道具を専門に扱う商店も数多くございますので」


 魔道具の存在はヴォルフを始めとする大人達から十分すぎるくらいに確認をとってある。

 単純なのは野営で火を起こすのに使われる物から始まり、大規模な物になれば城を守る結界を発生するものまで多岐にわたるらしい。

 とはいえ、この村には魔道具の燃料となる魔石が一切手に入らないし魔道具自体もそこそこ高価なので一つも存在しない。

 そんな魔道具だが、魔法使いであれば製作が可能であり、なおかつ自身の魔力で作動させる事が出来るとなればもう止まる事は無い。

 ぐーたらのためには金に糸目はつけんとルッツに魔道具を作るための本を探してきてと頼んで3年。ようやく念願だったそれが手に入った。いつまでも手に入らないからすっかり忘れてたよ。


「店を構えるほどの数を作るのにそれ相応の人数が必要だよね? だったらこういった指南書を大量に生産してると思うんだけど、手に入らないってのはなんで?」


 需要があるから供給が必要になり、それを満たすためにはどうしたってマンパワーが要る。じゃないと広く普及しないしね。


「買い取った相手から聞いた話ですと、その本は複製が非常に困難なのだそうです」

「なにそれ」


 パッと見た感じ、表紙にそういった細工がされてる気配はないし、別に魔力が宿ってる訳でもない。なのに作れないとはどういう事だ?


「あぁ……なるほどね」

「理由がお分かりで?」

「見ればわかるよ」


 そう言ってレイに中身を見せると、あからさまに苦い顔をした。

 なんて事はない。この本の複製が難しいのはその内容が滅茶苦茶に細かいせいだ。

 文字が占める割合は全体の一割くらいなので文字自体は大した事じゃない。

 問題なのは魔道具の要なんだろう魔法陣だ。

 最初のは着火の魔法陣。

 次は流水の魔法陣と言った具合に、簡単な説明と一緒に魔法陣が記されているだけのシンプルな内容なんだけど、その魔法陣がこれでもかってくらいに細かい文字と複雑な線が走ってる。

 確かにこれを間違う事なく複製するのは難しそうだけど、いったいどうやって複製するんだろう。魔法かな?


「よく手放してもらったね」

「なんでも目が悪くなったせいで魔法陣の確認が出来なくなったので魔道具職人を引退するとの事で譲っていただきました」

「そりゃこんだけ細かければそうなるよねー」


 さて、魔道具の本が手に張ったとあればやる事は一つ。制作だ。

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