第19話
「かあさーん。終わったよー」
「お疲れ様ー。砂糖はどうだったかしらー?」
「何と金貨10枚で売れました」
「随分と高値なのねー。今月はたくさんの食べ物が買えそうだわー」
「だから父さんの手綱はしっかりと握ってね」
「分かってるわー。それじゃあちゃんとご飯食べるのよー」
「はーい」
薬草と調理器具の卸しを終えると、今度はエレナやヴォルフによる来月の購入品に関する打ち合わせがある。
毎月金貨2.5から3枚の売り上げの中で、金貨1枚分ほどが長男が暮らしている王都にある騎士学校に送られ、残った金額で何をどれだけ購入するのかは本来であれば領主であるヴォルフだけの仕事なんだが、彼はかなりの酒飲みでねぇ。一度大量に酒を購入して俺達が随分とわびしい思いをしてからはエレナが参加するようになった。
いつもであればヴォルフが劣勢に立たされるだろうが、今月は砂糖の臨時収入が大量にあるんで、今回ばかりはエレナが若干劣勢だろう。あくまでも若干だ。
「さて……終わらせますか」
しばらく訪れないだろういつも通りのわびしい食事を終えて玄関に急ぐ。そこではすでに馬車から荷下ろしがされていて、首輪の付いた従業員――まぁ奴隷だわな。それらが黙々と仕事に励んでる。
この世界も例に漏れずに奴隷制度がちゃんとある。大きく分けりゃあイエス犯罪かノー犯罪か。
ルッツの雇ってるのは全部ノー犯罪の一般奴隷。大体が税が払えなくなった農民だけど、中にはやらかした冒険者なんかも居るらしいが、この場には一人だけだ。
「お待たせー」
「これはこれはリック様。今回もお手柔らかにお願いしますよ」
挨拶に反応したのは長い付き合いのレイと言う奴隷。奴隷でありながらルッツの店では重要なポストに居るとかで、昔からの知り合いだ。コイツが元・冒険者。
なんでも大掛かりな依頼を失敗したらしく、その罰金を支払えず奴隷となってルッツに買われたんだとか。こういうところも冒険者の面倒なところだよなぁ。
「それは店主の目利き次第だね」
「新興商会なんでそこら辺は多少目を瞑っていただけると幸いです」
「今日は臨時収入があったから少しだけ甘くするよ。それで? 村の方は総額いくらになった?」
「そうですね……馬車三台分で金貨1枚と銀貨2枚と言った所でしょうか」
やっぱり冬明けは減った分の食料を補充するためにお金がかかるね。それ以上の儲けがあるから気にはならないけどねー。
「さて、まずは野菜からいっちゃおうか」
そう前置いてから一つの木箱を開ける。中には乾燥させた野菜が隙間なく詰め込まれているので、それを片っ端から鑑定魔法で調べてゆく。
こういう時に魔法は便利だなぁと思う反面、仕事を押し付けられるんで厄介だなぁとも思う。
「……今回の野菜は今までと違ってちゃんとした物ばかりだね」
「ええ。近頃手に入れました新しい奴隷が野菜の目利きに長けておりましてね。その力かと」
「また増えたんだ。儲けてるんだね」
「それはリック様が多くの高品質な商品を卸して下さるお陰です」
「いい物を沢山売らないと全員が飢え死にするからね。これは大丈夫。こっちも大丈夫。こっちは――これとこれとこれは要らない。野菜はこんなもんかね」
「かしこまりました。では倉庫へ運ばせましょう」
レイの指示で俺がOKを出した食材の入った木箱が次々運ばれてゆく。そうして30分ほど食材の良し悪しを調べ終わった結果、持ち込まれた中の7割ほどが倉庫の中へと吸い込まれた。それだけあれば減った分が補えたし、一月なんて余裕だろう。
「次は塩です」
「あいよ」
目の前にある麻袋を開けて鑑定――
「ありゃりゃ。これは駄目だね。買い取るに値しないよ」
「ええっ!? そ、そうなのですか?」
「全体の3割が白い砂だよ。見た目も手触りも塩っぽいが全くの偽物。よくもまぁこんなのを用意できたな。買った店の奴等の騙そうという気概は怒りを通り越して尊敬する」
奥の方から中身を取り出してペロッと舐めてみるとほんのりしょっぱい。
だが塩と比べると圧倒的に塩味が劣るし、何よりずーっとジャリジャリしたのが残り続ける。本当によくこんなバッタモンを見つけてきたもんだ。
幸いな事に他の塩に関しては問題が無かったが、こうなると村の方の塩が無事か心配になって来るな。
「村の塩は大丈夫?」
「少々お待ちを。レムルス。これはどこの商会の物ですかな?」
「はい? えーっと……それはアルクス商会ですね」
「村の方にはいつもの商会の塩を卸しておりますのでおそらく平気かと」
「駄目だった場合はこっちの塩をあっちに送っておいてね」
不良品を村人に配ったとあっては信用が地に落ちる。そうなれば俺の未来のぐーたらライフが大きく後退するだけならまだしも、謀反でも起こされたら一気に労働力が減ってしまうからね。
「やれやれ。帰ったら仕入れ担当をきつく叱っておかなければいけませんね」
「そうだね」
そんな失敗はあったものの、塩も比較的質のいい部類が集まっているんで不良品以外は買い取らせてもらった。
「後は母さん任せかな」
残ってるのは、パーティードレスであったり本だったりなので特に鑑定の必要性はない。服に興味もないし、この荒れ果てた土地でフリルだの金糸だのなんかを使った服はパーティーを開いたり呼ばれたりする事は未来永劫無いだろうからクソの役にも立たない。俺も家族も普段から地味目の服を好んで着ているしね。
あとの事はエレナに任せる。欲しい服があれば買うだろうし、なければそのまま馬車に戻るだけ。どうせ暇なんで荷運びを手伝ってやる事に。
「いやはや。本当にリック様の魔力量には感服いたします」
「まぁ、楽できるからね」
「大の大人が二人がかりで持ち上げなければならないほどの重量を魔法で持ち上げるにはそれ相応の魔力を要すると聞いた事があります。護衛として雇った冒険者も、リック様ほど魔法をうまく使いこなしておりませんでしたので」
「あの広場に居た獣人のこと?」
「ええ。最近実力を付けてきた三人で、『銀の尻尾』と言うパーティーで活動してるようで、つい一月ほど前に銅級へと昇格したらしく依頼を頼みました」
「……銅って強いの?」
俺の中で銅級ってのは弱い部類のイメージが強い。
テンプレだと最下級に近いランクって印象だが、この世界だと一人前として扱われるようになるランク帯らしく、採取だったり魔物討伐だけだった依頼にこうして商隊の護衛なんかの他人を守るという依頼を受けられるようになるんだとか。
そんな中でも銀の尻尾は若手有望株の実力者らしく、早いうちにパイプを繋いでおこうとこうして依頼を出したら、相手も新興商会との顔つなぎが出来るならと二つ返事で受けてくれたらしい。
「ふーん」
「興味なさそうですね」
「冒険譚を聞くのは好きだけど、人となりに関してはここに害をもたらさないならどうでもいいよ」
俺はこの地から生涯一歩も外に出ないでぐーたら過ごすと決めてるんだ。何が悲しくて仕事のために大陸中を歩き回り、ロクな施設のない場所で野宿をし、失敗したら奴隷になっちまうほどの大金を払わされる危機を横に起きながらせこせこ働かなくちゃならんのか。
貴族に生まれたからにゃ、やっぱぐーたらするのが一番よ。
とはいえ、どこで何を倒しただの。他国のダンジョンまで遠征してレアアイテムを入手した。なんて話は娯楽が少ないこの世界では楽しみの一つだったのに、若手有望株冒険者ってなると、その辺の話は期待できそうにないかな。
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