第18話
「リック様が何も言わずにこっちの要求呑むのは正直怖いネ」
「じゃあ要らない?」
「商人としてそれはないヨ! 商売が成立した以上はもうこっちの物ネ」
「別にいいよ。その分キッチリ働いてくれれば文句は何もないって」
「……これだけの品をどうやって誤魔化そうかネ」
そう。俺が提供してる商品はかなりの高品質。
薬草は森の賢者たるエルフ謹製。
調理器具は鍛冶と火の神に愛されたドワーフ謹製。
俺自身には良い悪いはあんま分からんが、製作者達は胸を張っていい物だと断言するし、ルッツも売れ筋商品だと太鼓判を押すからいい物だと思う事にしてる。
当然。イイ物であれば周りの人間も欲しがる。特に楽して儲けたいクソが群がって来るのは明白。
なので、そういう面倒から俺のぐーたらライフを守るために、駆け出し行商人から今は王都に店を構えるまでに成長したルッツに薬草と調理器具を安価で卸すのと引き換えに、入手場所がこの村であるという情報を可能な限り隠してもらってる。今回の砂糖の代金も言い値で納得したのはそのためだ。
「隠蔽作業頑張ってね」
「分かってるヨ。じゃあヴォルフさん。サイン頼むネ」
「あ、ああ……分かった」
まずは砂糖の取り引きに関する契約書にサインしてもらう。
「はい。契約成立。じゃあいつもの薬草と調理器具の検品お願いね」
「任せるネ」
砂糖が終わればいつものように薬草と調理器具を渡す。俺の鑑定魔法で品質に問題がある物は事前に弾いてはいるから、不良品が出てくる可能性は万に一つもないので待ってる間はのんびりと出来る。
「しかし……こんな甕一つで金貨10枚とはな」
「白い砂糖は貴重ヨ。ワタシも商売で一度見た事あるけどここまで白いの初めてネ」
「だが砂糖なんだろ? わざわざ白くする意味はあるのか?」
「そうだね……しいて言えばとてつもなく珍しいってくらい?」
「ただ珍しいだけで金貨10枚もお前は出したのか!?」
「そうネ。これを貴族に売り払えば大儲けできるヨ」
「うんうん。貴族は珍しい物を欲するからね。特に馬鹿な奴であればよりぼったくれるんじゃない?」
見栄だのなんだのって言って大した事のない物でも大枚はたいて購入する。まさに愚かの極みとしか言いようのない精神構造だが、そういった物を生み出せる側としては良いカモでしかない。
「……理解出来んな。オレだったらこんな高値であれば砂糖など買わんぞ」
「普通の人はそうだよ。でも見栄っ張りな貴族は必ず買うんだって。ルッツもそれが分かってるからこんな大金で買ってくれたんだし」
「本当か?」
どうやらヴォルフは白い砂糖の価値を本気で疑っているらしい。まぁ、こっちも珍しいけど特に白くした意味はないと言っちゃたからな。
それに、これに情報料が含まれてるって思ってもないんだろう。何せ成り上がりの傭兵だからそういった事に疎そうだ。
チラッとルッツを見ると手伝うと言った意思が見えた気がしたんで頷きを返す。
「いいネヴォルフさん。この砂糖はワタシの知る限りここにしかないヨ」
「何を言ってる。砂糖は確かに貴重品だが、お前の店であれば扱ってるだろ。さっきの目録にもあったのをこっちも確認してるぞ。そっちは銀貨5枚じゃないか」
「白いって事に意味があるんだよ。父さん」
「白かろうが砂糖なんだろ?」
駄目だな。砂糖そのままで攻めても恐らく理解しない。ヴォルフは砂糖は砂糖じゃないかとしか思ってないんだから仕方ない。ここは手法を変えるか。
「父さん。普通の鍛冶師が打った剣とドワーフが打った剣だったらどっちがいい?」
「ドワーフのに決まってるだろう。彼等の作る武具は他の鍛冶師が作った物と比べて圧倒的に優れているからな」
「でも、農民からすればどっちも同じ剣でしかないよ? おまけに片方は凄く高い」
親方の居る里ではそれこそ一つでうちの領地が一年食っていけるくらい超高額の武具がちらほらあったのは知ってるだけに、マジで高すぎんだろって喉まで出かけたもんな。
そんな――武具の価値をあんま分かってない俺からの問いにヴォルフが若干ムッとした表情に。
「無駄に高い訳じゃない。彼等の作る武具はそれはとても頑丈で切れ味も鋭く手にしっくりと来るまさに自分の為だけに作られたんじゃないかと思うほどの腕前によって製作されているんだ。その技術力に応じて値段が高くなるのは仕方のない事だ」
「これだって無駄に高い訳じゃないよ? ここまで白くするのに結構な技術が要るし、相応の時間も必要とする。おまけに俺にしか作れないともなれば、ドワーフの一品と同様に値段が高くなるのも当然だと思わない? 要は技術料だよ」
「む……むぅ。しかし剣と砂糖を一緒にするのはどうなんだ?」
「買う人種が違うだけヨ。ドワーフの剣はヴォルフさんみたいな武を尊ぶ貴族ニ。砂糖は肥え太って権力と見栄だけ張りたい馬鹿貴族に売ればそれこそ金貨20……もしかしたら30も払うかもしれないヨ」
「そんなにか!?」
悪くない額だ。砂糖自体大陸でも生産できる場所が気温の高い南方に限られてるから非常に品薄だ。それも精製が未熟な黒い物ですら高額なんだ。真っ白な砂糖ってだけでもそりゃあもう人の目を引く。ドワーフの作った武具が冒険者の目を引くように、この砂糖は主にそういった貴族の目を引く。
「当然でしょ。現時点でこの世にたった一つかもしれない白い砂糖。父さんだって一流のドワーフが打ったアダマンタイトを使った武具が買えますよって言われれば欲しくなるでしょ?」
「そりゃあそうだろう。しかし……こんな白いだけの砂糖がドワーフが打ったアダマンタイトの剣と同価値だと?」
「誰にもって訳じゃないよ。あくまでこれに価値を見出す貴族にだけ」
物の価値なんて人それぞれだ。
ヴォルフのように武具の類に目を輝かせる人間も居れば、人の魔力を際限なく吸おうとしてくる馬鹿樹を崇め奉るエルフも居る。
要は欲しいと思ってる相手に売る事。儲けを出すにはこれに限る。
「売れるのか?」
「伝手は一応あるネ。アークスタ伯爵に売ってみよう思うヨ」
「……あの女傑が砂糖を買うだと? 冗談だろ」
「知ってるの?」
「ああ。かなり強いし頭も切れる厄介な相手だ。まかり間違っても肥え太って権力にしがみつくような有象無象とは訳が違う」
アークスタ伯爵は女性でありながら東方の広大な穀倉地帯を持つ大貴族であり、貴族社会でかなりの権力を有しているだけでなく、こと戦闘に関して王国随一であるはずのヴォルフをして厄介と言わしめるほどのの武闘派で、自分より弱き夫を娶るつもりはないと大々的に発言している御年30のこの世界では行き遅れと言われる年齢らしい。
どう考えても利権に目がくらんだ肥え太ったクソ貴族なんて言葉は裸足で逃げ出す相手だ。
「ふーん……因みに過去にも何回か砂糖とか売ってるの?」
「砂糖はないけど季節の果物はよく買ってくれるヨ。だからきっとこの砂糖も買ってくれると思うネ。確認終わったネ。金貨2枚と銀貨1枚から商品代金を引いたら、残りは銀貨3枚と言った所だけどどうヨ?」
「了解。それじゃあ後で荷物の確認しとくね」
「しかしあのアークスタ女史が砂糖をか……人は見かけによらんな」
「……別に誰に売ってもいいんだけど、父さんがそこまでいう相手なら気を付けてね。そんな面倒な相手に目を付けられたくないから」
ヴォルフの話を聞く限り、伯爵はかなりの辣腕。そんな相手にちょっと前まで商店すら持ってなかった細腕行商人が、果たして隠し通せるのかな? って疑問が脳裏をよぎる。
「任せるネ。命に代えても秘密は守るヨ」
「……じゃあ、俺はそろそろご飯食べないと母さんに怒られるから行くね」
不安だなぁ……話を聞く限りものすごく面倒臭そうな人っぽい。まず勝ちは無いと思っておこう。
最低でも俺という存在は濁してほしい。そう願いながら部屋を後にする。
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