第17話

 去り際、おばばには鳥っぽい飴細工を、アレザの方には普通の兎の奴を残して屋敷に向かう道中、村の中央広場を通る訳だけど、そこには見覚えのない武装した男女。そのそばには馬車が三台停まり、荷下ろしをする首輪の付いた人の姿がある。


「ナイスタイミングだったみたいで」


 どうやら商人が来たらしい。側にいる武装集団は冒険者だろう。

 武装してる全員の頭の上に獣耳がある――つまり獣人で、一人は体格のいい男で金属製の鎧に背負うほどデカい盾を見る限りはタンクなんだろう。きりっとした眉に憮然とした顔立ちは随分と融通が利かなそうだ。

 もう一人は随分と身軽だな。身に付けてるのは皮の胸当てに武器だろうか金属製の手甲・具足を身に付けている。おそらく格闘技スタイルの戦闘をするんだろう。顔立ちはイケメンの部類だけどそこそこ軽薄そうな奴だな。所謂チャラ男っぽい。

 最後のは少女。フード付きの灰色のローブと真っ赤な水晶をついた木の杖を手にぼーっと空を見上げてる。魔力量は多いみたいだけど、今まで来た冒険者の中じゃあ3番目くらいかな。とは言え若いんだしまだまだ伸びしろはあるでしょう。将来有望。

 なんて事を考えながら広場を抜けて屋敷に行く前にちょっと寄り道。


「ここら辺でいいかな」


 村に馬車が来てるって事は、間違いなく屋敷にも来てるって事だ。そうなるとすぐにでも薬草と調理器具を渡さなくちゃいけないんで、亜空間からフェルトの薬草が入った籠と親方謹製の調理器具を取り出し、今まで乗ってた土板に荷台をつけ足してそこに積み込めば準備完了。


「お? どうやら順調に儲けが出てるようだな」


 準備を終えて屋敷に戻ってみると、冬前は村に三台屋敷に二台というフォーメーションだったが、今回一台増えているじゃあないか。

 ここに来た当初は幌もない荷馬車一台で、商品も村人全員に行き渡るような量じゃなかったし、こっちも積まれた商品を全部買えるだけの余裕はなかったと聞いてる。

 それからしばらくして俺が生まれ、魔法を使えるようになってすぐに畑の麦へと栄養を与え、フェルトに薬草を育ててもらい、親方に調理器具を仕立ててもらいとしているうちに十分な儲けを出せるようになっていくと、引き連れる馬車も二台三台と増えていき、今に至る。


「ただいまー」

「あらーおかえりなさーい。ルッツ君が来てるから応接室に向かってねー」

「分かってまーす。ご飯は後で食べて大丈夫だよね?」

「あまり遅くなっちゃ駄目よー」


 冬明け最初の行商だ。これによって来月までの食糧事情が変わって来るんで、エレナもこの時ばかりは食事を後回しにしてくれる。と言ってもあんまり時間をかけすぎると怒られるんで、手早くかつしっかりと交渉を済ませないといけない。


「お待たせー。ご飯早く食べちゃいたいからさっさと済ませようか」


 ノックもせずに部屋に入ると、先に居たヴォルフが若干眉間にしわを寄せたが、エレナが待ってると知れば怒られる事は無い。客を待たせるのは失礼だし、何よりエレナを待たせる方が怖いんだから。


「お久しぶりヨ。リック様も息災ネ?」


 拳を胸の前で合わせて会釈をするのがヴォルフとエレナの知り合いであるルッツ。黒髪糸目の笑みを絶やさない何とも胡散臭い男だが、これでも俺の要求には結構答えてくれるやり手の商人と言う事で一定の信頼を置いている。


「当然でしょ。そっちも順調に儲けてるみたいで助かるよ」

「当然ヨ。リック様の売ってくれる物は品質とても良い。売れない訳ないネ」

「そりゃあ良かった。今回は実験が上手く行ったから一つ良い物を提供するよ」


 そう前置いて取り出したのは真っ白な砂糖と水飴。それに飴細工だ。


「これは何ネ」

「砂糖だよ」

「「砂糖!?」」


 俺の説明に二人が食い入るように壺の中を覗き込む。あぁ……そう言えばヴォルフに話してなかったんだっけ? まぁいいや。


「何て白さだ……これほどの物は王宮に招待された時ですら見た事が無いぞ?」

「一体どうやって手に入れたネ」

「前に買ったマズい野菜。あれで作ったんだよ」


 普通はこういう場で新商品を紹介する際、基本的に入手場所やその手段は明かさない。

 テンプレの大部分ではこういった世界に著作権なんてないからね。バレたらそいつがアホだったと言われてハイおしまいとなるので、この世界において金になる物の情報漏洩は自殺行為に等しい。

 とはいえここはルッツ以外誰も来たがらない僻地中の僻地。こんな場所にわざわざスパイを送り込むような馬鹿な貴族も居ない。なのであっさりルッツに手札を公開した。もちろんこれにも意味はある。


「さてルッツ。これ……いくらで買う?」


 先にマズい野菜で作ったと情報を開示。これだけでルッツなら過去の帳簿でも調べればすぐに甜菜で作ったと分かるだろう。

 となると、後はどうやって作ったか。そこに論点が向かう。なのでハッキリとは言わないが提示する。この情報にいくら出す? と。

 俺の意図が伝わったのか、ルッツは伏し目になって顎に手をやって思考の海に飛び込んでいった。

 こうなるとしばらく帰って来ないので、その間に目録に目を通す。


「お? 随分と食料を持ってきてくれたみたいだね」

「ああ。やはり冬明け一発目の行商だからな」


 食糧はもちろん大切だ。冬に入ってから日々わびしくなる食事に若干嫌気がさしてたからな。今日ばかりは豪勢な食卓になるだろうし、ヴォルフを始めとした大人連中も運び込まれた酒で今日は大いに盛り上がるだろう。それこそ翌日に酷い吐き気を残すほどに。

 俺も生前は酒飲みだったんだが、今は5歳なんでもちろん飲めやしない。


「あんまり飲みすぎて母さんに叱られても知らないからね」

「そこは節度を守るに決まってるだろ」

「本当かなぁ?」


 こんな辺境で辺鄙な村での楽しみなんて酒くらいだからな。ルッツの荷物の10%くらいは酒。大部分がエールでわずかにワイン。一応テンプレの火酒ってのもあるらしいけどメチャ高なので購入なんて出来る訳がないし、エールとワインも当然全員が満足に飲める量じゃない。

 だからこそ大抵の大人は今日だけはと羽目を外す。特に冬明けは酷い。明日は十中八九農作業が止まるし、執務も滞る。何せこうしてまともに商売が出来るようになってから一度としてルッツが来た翌日にヴォルフの体調が良かった日なんて一回も無いんだからな。


「……決めたヨ。金貨10枚でどうネ?」


 思考の海から戻ってきたルッツが金額を提示。それにヴォルフは目ん玉が飛び出るんじゃないかってくらい驚いてる。何せ金貨10枚ってのはこの領地で暮らす村人を満足に生活させるために必要な金額半年分に相当する。

 そんな大金をたかがソフトボール大の壺に入った砂糖に支払うと思っているヴォルフが口を開く。


「こっちとしてはありがたいが、こんな量の砂糖にそんなに出して大丈夫か?」

「多分平気ヨ。どうネリック様」

「10ね。それでいいよ」


 リックの提示金額に、こっちはさして考える事もせずに了承する。

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