第16話

 ララからもらったクッキー? を食べてこれで菓子名乗るって面の皮厚すぎwとか内心馬鹿にしてる一方で、甜菜で作った甘さばっちりのクッキーを口に放り込んだララは置物みたいになって全く動く気配がない。どうやらその甘さにビックリしてるみたいだ。

 別に用事らしい用事は全て終わたんで放っといて帰ってもいいんだけど、勝手に居なくなって後で来月にしこたま叱られるのは納得がいかんからな。そして俺は昼までには戻らんといかんと言う時間制限があるのでサクッと終わらせるか。


「もしもーし!」

「っ!? な、なんや」

「俺の作ったお菓子はどう?」


 まぁ、聞かんでも既に分かってる事だがな。


「凄いわ。えらい甘いやん。アンタの暮らしとるトコは貧乏やったん違うんか?」

「使った材料は手作りだからほとんどタダだよ」


 何せ甜菜はこの世界でもほとんど見向きもされない野菜だからな。我が貧乏領地でも十分に購入が可能だった。そのおかげでこうして砂糖の安定供給が出来るようになる目途がようやくたち、こうして甘いクッキーを作れるんだからな。


「砂糖を手作りて……どうやって作り方の情報手に入れてん」

「決まってるじゃん。秘密だよ」

「相変わらず秘密が多いなぁ」

「その秘密の一つのおかげで親方が熱心に鍛冶仕事をして、ちゃんとした商売出来てるんじゃん。そこを探らないのがいい付き合い方だと俺は思うなぁ」

「まったくやな。正直、アンタがここに包丁や鍋作ってやなんて仕事を持って来た時は正気を疑ったで? それも報酬にあの大樹の枝やろ? あれで断る精霊契約者が居たら見てみたいわ」

「俺はフェルトに言われるがままに提示しただけなんだけどね」


 適当に転移で飛び回ってた時にここを発見し、丁度うちの調理器具を新調したいなぁと思ってたんで、渡りに船とばかりに薬草を報酬に鍋とか作ってくんない? と商談を持ち掛けたら見事に追い返されたんで、フェルトにぎゃふんと言わせたいと相談したらあの枝を貰ったんだ。

 そのおかげで商談は即成立。今の関係がある。


「よぉあの頭でっかちで草臭いエルフを相手に貴重な大樹の枝譲ってもらえるほど仲良ぉ出来るモンやな」

「仲が良いのかなぁ?」


 俺は薬草を育てる人手が欲しくて、フェルトはあの大樹の側で暮らしたい。

 利害は一致してるけどこれが仲良しなの? と聞かれれば違うっぽいよね。どっちかと言えばwin-winの関係かな?


「まぁええわ。そのおかげでオトンが仕事してくれて食うに困らん生活送れとるんなら、気に食わんエルフに感謝くらいしたるわ」

「フェルトに伝えとくよ。じゃあ俺はそろそろ帰るね」

「なんやもう帰ってまうんか?」

「昼ご飯までに帰らないと母さんが怖くてね」

「アンタにも怖いモンがあったんやな」

「そりゃそうだよ。母さんが怒った時の怖さったらないよ。ララの所は違うの?」

「……ウチよりオトンがアホやからよぉ怒らせるんよ。お陰でそうなってもうたら数日ごっつ暮らしにくくなんねん」


 どこの世界も母親は強い。まぁ、一度もララの母親を見た事は無いけど生きている事は分かってる。調理器具のお礼を親方を通して聞いてるからな。


「じゃあまた来月ねー」

「はいよー」


 転移で領地に戻る。場所は念入りにカモフラージュしてある洞窟の中で、そこから魔法で周囲を探索。人の気配が感じられないという事をしっかりと確認してから外に出る。


「さーて。後はルッツが来るのを待つだけだね」


 異空間に保管しておけば時間の経過はあまり関係ない。なので毎月顔を出さなくてもいいかと言えばそうじゃない。

 薬草園はフェルトが忘れっぽいってのもあるけど、あのクソ樹が魔力を欲しがるらしく、一度冬明けに顔を出した際は非常にやつれており、俺の登場を涙を流しながら喜んでたっけ。

 それ以降は、冬で商人が来ないとしても薬草園にキッチリ顔を出して魔力をくれてやってる。

 親方の所は単純に計量スプーンみたいに需要のない商品を作って大量の在庫を抱える羽目になったりするんで、商売がある月だけでいい。


 ――――


「こんちはー。リンから呼んでるって聞いて来たよー」


 お昼までまだちょっと時間があるんで、ついでとばかりに薬屋に顔を出すと、いつもアレザが居るはずのカウンターに、今日は真っ黒なローブを身にまとった魔女of魔女の格好をしたこの店の店主であるおばばが目を閉じでじっとしてる。


「……なにしてんだい。随分遅かったじゃないか」


 ギロリと睨んで来る。まぁ、朝にリンの伝言が来て今は昼前だ。さすがにそう言われるのも仕方ない。


「そろそろ商人が来るんじゃないって言われた薬草とかの仕入れに行ってたんだ。それよりも糖衣はどうだった?」

「あれは糖衣と言うのかい? まぁ、悪くはないよ。ウチに置いてある大体の薬に使えるから、大人で薬も飲めない馬鹿共にも需要はあるだろうさ」

「本当?」

「だがここまでする必要はあるのかい? 言っちゃあなんだが苦かろうが首根っこ掴んで無理矢理飲ませりゃいいだろう」


 おばばはかなりの過激派。薬を嫌がる子供だろうと、薬を飲み忘れる大人連中であろうと容赦なく口の中に押し込む。正直、しわがれた婆さんって見た目からは想像も出来ないほどパワフルで村の子供には相当嫌われている。こうして普通に話をするのは平気で薬を飲む俺くらいだろう。


「ふっふっふ。おばばは甘いね。何も村に居る連中に飲ませるためだけにこれを開発したんじゃいよ」

「じゃあ何のためだってんだい?」

「売るためだよ。おばばもいつも言ってるでしょ? イイ薬は苦いって」

「当たり前だろう。薬効以外の邪魔な物一切を省いた結果さね」


 おばばの薬はよく効く。勿論それに使われる薬草の質がいいってのもあるんだけど、その腕前も相当な物らしく、いつもの商人がここを訪れた際に薬品を購入していくくらいだからな。

 世界の薬は基本的に苦い。薬効が高ければ高いほどその傾向にあり、貴族なんかだとそれに砂糖を混ぜて子供に飲ませてるらしいといつもの商人から耳にしている。


「そこで、これの出番だよ。王都に持ってってもらって売り飛ばせばかなりの収入を得られると思わない?」


 これであれば舌に触れる部分全てが砂糖だから苦いと感じる事もない。デメリットとして呑みこみにくい事が上げられるけど、大人であれば問題ない。


「……確かにそうだろうけど、こいつは売れんさね」

「なんでさ。おばばもいい物だって言ったじゃん」

「確かに良い物さね。見た所随分と小さく薬をひとまとめにしてある。どうやってここまで小さく出来たのか言ってごらんよ」

「それは魔法で――あ」

「そう。ここまで小さくまとめ上げてなおかつ砂糖で覆い尽くすなんて芸当、魔法を使わないと不可能だよ。それに時間が経つと糖衣が溶けて固まってた時より飲みにくくなる。これは失敗作だよ」

「そっかぁ……」


 自信はあったけどクリアしなくちゃならない問題があった。

 飴が溶けたのも問題だけど、一番の問題点が糖衣錠を作るには俺が働かなくちゃならんという点にある。真っ先にこれをクリアしないとぐーたら出来なくってしまう。

 とはいえそれを可能にするには設備も人手も技術も何もかもが足りない。


(焦っても仕方ないな)


 別に糖衣が無くたって死ぬわけじゃない。だったら他の事に気を回そう。そう気持ちを切り替えて薬屋を後にする。

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