第15話

「ったく……リックが急いどるから切り上げたるけど、終わったらまた説教やからな!」

「はい……」


 たった一時間で随分と小さくなったもんだ。

 この集落で並ぶドワーフなしと言われ、鍛冶仕事をする連中から畏怖と尊敬の眼差しを向けられるあの親方とは思えないな。


「ホンマスマンかった。こないなモンを作ったオトンと精霊にはよぉ言い聞かしとくわ。確かにこないな品ぁ出されたらそら取引止めたなるわな」

「まぁ、分かってくれたならそれでいいよ」


 どうやらこれからも枝を納品しても問題なさそうだと言う事が理解できた。

 ちょいと天狗になりかけたなら告げ口をするだけであら不思議。来月にはちゃんとした商品が納入されるんだからね。やはり女性の怒りというのは効果てきめんだね。


「アンタが来てあの枝を持ってきてくれよったからオトンも精霊もノリノリで仕事してくれてる思うて安心しとったけど、3月手に入らんかっただけでこないな商品作る事に何とも思わんのかこのボケ共!」

「す、スマン……」

「せやったらさっさと鍛冶場で仕事しぃや! こっちはリックと来月の注文に関して話し合いしとるから」

「おいララ――」

「なんや? まだ何かあるんか?」

「……なんもない」


 俺を引き連れて鍛冶場とは違う扉に行こうとするのに対して親方がすぐに止めに入るが、氷みたいに冷たい蔑んだような態度に滅茶苦茶ショックを受けたようで、説教受けてた時よりさらに小さくなってカウンター奥へと消えていった。


「さて……まずは売り上げはどうやった?」


 あれだけ怒りをあらわにしてたのに、もうすでにニコニコ笑顔だ。この切り替えの早さには恐ろしさすら感じるね。


「そうだね。フライパン・鍋・包丁は相変わらず人気商品だって聞いてるけど、計量スプーンはあんま売れなかったって聞いてるからアレはいいかな」

「確かにあれはあんま使いモンにならんわな。料理やっとる身ぃからすると、あんなんに頼らんでも調味料の加減くらい出来るもんやからな」

「まぁ、料理には初心者くらいしか使わないけど、お菓子には必須なんだよ」


 料理に比べてお菓子は非常に繊細だ。少しの分量間違いが失敗につながるものが多い。だから計量スプーンを作ってもらったんだけど、売れないってなるとこの世界のお菓子事情はロクなもんじゃないようで、やっぱテンプレって感じるね。


「なんやリック。アンタ菓子が作れるんか?」

「少しだけね。と言う事なんで、計量スプーンは生産打ち止めにして……今度はピーラーなんてどうかなって」

「ぴーらー? なんやそれ」

「ええと……こんな感じの物で野菜の皮を剥くための調理器具なんだけど」


 大まかな形を土魔法で再現ながら説明を交えるが、ララの表情は浮かない。


「どないやろ。そもそも野菜の皮だけ剥くなんて必要なんか?」

「ララ達ってどんな野菜食べてるの?」

「ウチ等ドワーフは基本野菜は食べへんよ? リックはどうなん?」

「ウチは乾燥野菜だから必要ないんだ。というかそんな偏った食生活で体調崩れたりしないの?」

「特に聞いた事あれへんし、ウチも病気一つした事ないわ」

「頑丈だね。じゃあここに来る冒険者とか商人から話を聞いたりしてない?」

「聞かへんな。ここに来る商人は武具の買い出ししかせぇへんから食材の話は全くと言って良いほど出て来ぇへんのよ」

「じゃあこっちで聞いてからにするよ」


 売れるかどうかも分かんない商品を作るのは計量スプーンで懲り、一応話をしたんだが相手を完全に間違えたらしい。まさか野菜を一切食わないとは思いもしなかった。大酒飲みだからてっきりフライドポテトくらい食ってると思ったがそれもないとは……ちょっとだけ人生損してるなぁ。今度教えてやろうかな。

 しかし、こうなると何を作ったらいいか悩むね。草案はいくつかあるけどやっぱりこの世界にハマる物じゃないと受け入れられ辛い。

 おたま――木製のがあるんでわざわざ金属に買い替える人は少ない。

 水切り網――そもそ水を潤沢に使えない。

 カトラリー一式――悪くないが一般家庭には値が張る。

 バケツ――井戸の水を汲むくらいしか用が無い。


「うーん……何かいい案はない?」

「あったらどっかの誰かが作っとるやろ」


 どれもこれもこの世界の一般基準に合わない。包丁や鍋と言った器具はどんな種族であろうと必要とするため、多少値が張っても売れてるけど、大して調理技術が発展していないこの世界ではそれ以上の物を売り込もうとするならそこら辺を何とかしないといけないけど、面倒臭すぎる。


「もう時間も無いし、今月はいつものままでいいかな」

「ほんなら来月は包丁・フライパン・鍋でええんやね?」

「大丈夫。ピーラーに関しては一応話を聞いておくから、また来月に」

「ほんなら契約書にサイン書いてや」


 注文が決まったんですぐに契約書にサイン。


「毎度アリ。それにしてもホンマにあのアホ共が済まんかったわ」

「別にいいって。ちゃんと仕事さえしてくれたらさ」

「そこはちゃんと言い聞かせとくわ。それよりも菓子作る言うてたやんな? どんななん」

「気になるなら少し分けるよ。まぁ、材料が無いんで大したものは作れてないけど味には自信があるよ」

「それは楽しみやわぁ」


 自由に使えるのは少量の小麦と砂糖しかないから、作れるのはせいぜいがクッキーか飴くらい。

 とはいえ砂糖が自由に使えるのは大きすぎるアドバンテージだ。ポケットからクッキーを取り出品がふと気になった疑問を口に出す。


「そう言えばお菓子って高級品だよね? 家計が大変だって聞いてるけどお菓子が食べられる余裕なんてあるの?」


 値段までは知らんが、ソフトボール大の壺に入った砂糖で銀貨数枚――地球換算で数万はする高級品で、それをふんだんに使用するとなると目玉が飛び出るほど高いはずだ。一体どうやって手に入れたのだろうか。


「オトンの知り合いの冒険者が武具の調整しに来る時にくれんねん。丁度残っとるのがあるからウチもおすそ分けしたるわ」


 そう言ってカウンター横の扉の奥へ。その間に亜空間から砂糖を取り出して数枚にパラパラと振りかけてカラメリゼしてるとララが奥から大きめの金属の箱――ちょっと豪華なクッキー缶みたいなのを手に戻ってきた。


「何なんそれ」

「表面に砂糖がかかってて、それを火で炙ると香ばしくなる。いい匂いでしょ」

「ホンマやね。香ばしい言うんはよく分からんけど、ええ匂いなんは分かるわ」

「で? そっちがたまに食べてるって言うお菓子なの?」

「せや」


 開けられた箱の中にあったのは、クッキーっぽい板。随分と固そうだし、お菓子特有の甘い匂いが全くしな――いや、微かにするな。

 一枚手に取ってみると、見た目通り滅茶苦茶固い。机に軽く当てるだけで硬質な音が返って来る。

 味は……ララは平気でかみ砕いてるけど俺には無理なんで風魔法ですり潰して粉になったそれを舐めると随分と遠くの方で砂糖が手を振ってるのが分かる。こいつは甘味と呼んでいい物じゃあないな。

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