第12話

「どうじゃ。こんなもんでよいじゃろうか」

「うん。いつも通りにもらっていくね。後はあれだけだ」


 背負い籠二つ分ほどの様々な薬草を亜空間に放り込み、大樹の側へと歩み寄る。

 相変わらず大きい。そして触れた途端に俺の魔力を吸い取るような感覚に思わず蹴りを叩きこむ。


「何をしとるんじゃ貴様!!」

「うーん……躾?」


 植物相手にそんなものが通じるのか分かんないけど、やらないよりはやった方がこっちの気持ちがすっきりするんで蹴り飛ばす。フェルトにとって大事な存在らしいけど、俺にとっては勝手に魔力を吸って遠慮なくデカくなって薬草の生育を妨げる邪魔者くらいにしか感じてないからね。


「いい加減止めんか!」

「はいはい」


 これ以上やるとフェルトが本気で怒りそうなんで、仕方なく蹴るのを止める。

 本気になったフェルトはマジでおっかないし、何より超強いからこっちも本腰入れて動かなくちゃいけなくなる。面倒なんでそれは勘弁。

 初めての出会いはマジでおっかなかったし差別発言しかしなかったなぁ。

 それが今では対等な関係だと俺は思ってる。それも全ては生育者とかいう訳の分からん呼び名のお陰だが、俺には一切育てたという自覚はない。むしろ勝手に人の魔力を吸ってすくすく成長したって認識をしてる。


「じゃあいつも通りに枝を一本貰ってくよ」

「むぅ……やはり連中にくれてやらねばならぬのか?」

「そういう約束だからね」


 たかが枝一本だが、フェルトの顔は苦虫を噛み潰したような表情で不満の声を漏らす。俺からすれば以下略なんで気にも留めないが、毎月毎月同じやり取りをするのは正直メンドイ。


「ならばあの辺りの枝を持って行くがよい」

「あの辺りね」


 フェルトの指示通りの辺りを風魔法で切り取る。サイズは俺の腕くらいに巨大で、葉っぱもいくつかついてるがこっちは不用品なのでフェルトに返却する。


「じゃあまたねー」

「ああ。また来るが良い」


 って訳で次の場所へと転移。フェルトの前で堂々と使うのはバレた所でそれが広まるような事がなさそうだからだ。

 なんでも、あの邪魔な大樹の側で暮らす事はエルフにとって何物にも代えがたい幸福にあたるらしく、別に明言せんでもこっちにとって不都合な事をすれば追い出されると勝手に勘違いしてくれてるようなんで心置きなく使いまくってる――まぁ、こんなガキが龍が巣食う山にどうして家建ててるのよと言われていい言い訳が思いつかんかったってのもあるがね。


「ハイ到着ー」


 薬草園から景色が変わり、今度は周囲を岩に囲まれた洞窟と言って差し支えない場所。

 全体的に薄暗く、岩肌に空いた穴から光が差し込むけどさっきまで外に居たんでそこと比べりゃマジで暗いんで光魔法を懐中電灯代わりに使っていつも通り椅子で進み始める。

 ちなみにこっちはフェルトの場所と比べて人通りが多いんで、こっそり作った隠し洞窟に飛び、近くに人の気配がないのを魔法で確認してから出ているので心配ご無用。


「相変わらず熱い! ウルサイ! 臭い!」


 隠し扉を開けると一気に熱気と臭気が押し寄せる。

 ほとんど密室と変わらんこの場所はいたるところに赤々と燃え盛ってる大小様々な炉が建設されてて、そこからガンガンギンギンと甲高い音が間断なく響いて洞窟内で反響しまくってるから魔法でキッチリガードしないと鼓膜があっという間にぶっ壊れるし汗とか汗とか汗とかの悪臭が充満しまくってる。正直なんでこれで平気な顔して暮らしてられんのか正気を疑うよ。

 ここに暮らしてるのはあのドワーフ。男は子供くらいの身長のマッチョに髭だるま。女は合法ロリ。当然のように鍛冶仕事が得意で、名工ともなれば世界中から冒険者だったり騎士だったり傭兵だったりと言った連中がこぞってやって来る。

 現にすれ違うのもそういった連中ばっかりで、俺を見るなり不思議そうな顔をするが、気にも留めずに目的地に向かう。

 俺はここにある工房の一つに、武器とは全く関係のない調理器具を作ってもらってる。これが人気商品なんだ。さすがドワーフ謹製だね。


「あれ?」


 今月もいつも通りの工房までやって来たんだけど、何故かそこだけ炉の火が完全に落ちてて中に人の気配もない。一応ここのドワーフ集落の中でも一番デカい工房を選んだつもりなんで倒産って事にはならないと思ってたんだけど……意外とドワーフの世界にもこういう事があるのかぁ。


「お! ホンマに来おったで。お嬢の勘は相変わらずやな」


 仕方ないから他の工房に頼みなおすかと出て行こうとしたところに、店の奥からなんか事情を知ってそうなドワーフが現れた。正直見た目がほぼ変わらんので誰か一切分からん。


「ここって潰れたの?」

「なに言うとんねん。自分のせいやで」

「いやいや。俺はこの店の上得意様だよ。お金は払った事は無いけど代金代わりに必要不可欠の物をいつも卸してるのに店を潰したなんて言われる筋合いはないよ」


 我が領地に子供に小遣いをやるような余裕はない。なのでここで作ってもらう調理器具に対しての支払いはフェルトが苦い顔をしながら採取させてくれる大樹の枝で済ませてる。

 正直こんな木の枝でいいのかと思うんだけど、相手はむしろこれを貰ってもいいのかとマジでウザいくらいに確認をとられたからな。

 なので正直言ってこの店が儲かってるのかどうかは知らん。客は結構来てるイメージがあるけど、武具が売れてる光景はあんま見た覚えがないから潰れたってのが第一候補。


「覚えとらんか? この前来た時に自分が何をしたのかを」

「なんかしたっけ?」

「ミスリルや! ミスリルの鉱脈を教えてくれたやん。しかもメッチャえげつない量の鉱脈やったおかげでどこの工房でもミスリルの武具を作りまくっとるわ」

「……ああ。そう言えばそんな事もあったね」


 去年の雪が降って王都への道が断たれる前、一年最後の取り引きの時にちょっと目算を誤って商人が来たから時間に追われてたって事もあって大樹の枝を持って来るのをついうっかり忘れたんだった。

 相手の方は常日頃貰いすぎてるから別に構わんと言ってくれたが、さすがに代金を支払わんまま品物を受け取るのは相手に貸しを作るみたいで嫌なんで、土魔法で辺り一帯になんかいい鉱石が無いかと調査した結果、そこそこ深いけどミスリルを発見してそれを代金代わりにしたんだったっけ。


「思い出したようやな」

「そうだね。でもここに居ないって事は鍛冶師から鉱夫に職変えでもしたの?」

「アホ抜かせ。大将が鍛冶止めてもうたら大陸中の連中が困るわ。工房をミスリルがぎょうさん手に入る近場に移しただけや」

「じゃあそこまで案内して」

「元からそのつもりや」


 そんな訳で、ドワーフの先導で親方の居る場所へと向かう。勿論ドワーフは非常に汗臭いので隣に乗せるような事はしないよ。

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