第11話
「さーて……それじゃあ行ってきまーす」
「ちゃんとお昼には帰ってくるのよー」
朝ご飯も終わり、のんびりと庭に寝転がって昼までひと眠りしようかと思っていたんだが、エレナにおばば様に呼ばれてたんじゃないかしらー? と言われてそう言えばリンが報せに来たんだったなーと思いだしたんで仕方なく村に向かう事に。
いつも通り土魔法で椅子――じゃなくてソファを作って横になりながら移動してると、朝から田畑を耕すという精力的だけど見習う気にはなれない重労働をやっている村人がそこかしこに。
「頑張ってるねー」
「リック様ですかい。そりゃあ頑張らねば税を払っちまったら食うもんが無くなっちまいますだよ。それに、リック様の所為でもあるですだよ」
春になったら小麦の種をまき。それを夏に収穫。秋になったら麦の種をまき。冬前に収穫。ウチの農業はこんな感じで動いてるが、もちろんこれは魔法で十分なケアをしているからこそできる芸当なんで、俺の手助けが無ければこんな無茶な作付けは出来ない。
「まぁ、体調崩さない程度に頑張ってね。さすがの俺でも病気や怪我の回復は出来ないからさ」
「その辺は領主様からもお達しが来てるんで大丈夫でさぁ」
そこら辺の事はヴォルフが村人にも十分に説明してあるらしい。
とはいえいずれ農作業に余裕が出来るようになれば他の作物に切り替えるし、堆肥なんかを作れるようになれば俺の魔法支援は打ち切らせてもらうんだけど、あとどのくらいかかるのかなぁ……。乾燥してない新鮮な生野菜が食いたい。
「さて……そろそろ来るみたいだし、おばばの所に行くならついでに用事も済ませとこう」
なーんて事に頭を悩ませながらたどり着いたのは、村から少し外れた自作の洞窟の中。特に何かある訳じゃないけど、ここであれば誰の目もないので安心安全に法を使う事が出来る。
まぁ、念には念を入れてキッチリ周囲の警戒をしてから使うけどな。
「転移」
魔力がごっそり抜ける感覚に遅れて景色が変わる。
薄暗く湿ったかび臭い空気が充満してた洞窟と打って変わって、辺り一面に広がってるのは瑞々しく育った大量の薬草たちに、全長100は超えてるような真っ青な葉を生い茂らせた巨大な樹木が悠然とそびえたち。その足元には3LDKの一軒家が鎮座しているが、更に遠くの方に目を向けると今度は剣山のように鋭い鋭い山々がそびえており、雲の位置も村で見るより近いしなによりそこには龍っぽい生き物を始めとした空を飛ぶ魔物が結構多い。
ハッキリ言ってかなりの危険地帯にここはあるんだけど、安全性は滅茶苦茶高い。
「おーおー。相変わらずよーく育ってる」
「当然じゃろう。このワシが直々に手をかけて育てておるのじゃ」
背後から延びた手がわしわしと頭を撫でてくる。いい年して頭を撫でられるってのは気分がいいモンじゃないんですぐに振り払って背後を振り返る。
「元気そうでなによりだよ。フェルト」
そこに居たのはいわゆるエルフだ。耳が長くてエメラルドグリーンのストレートヘアが腰まで伸びたスレンダーな10代後半くらいの美少女然とした――絵に描いたようなTHE・エルフがそこに居るんだよね。
「当然じゃ。ハイエルフであるワシがそう簡単に病気になったりする訳なかろうが」
フェルトはエルフの上位種らしいハイエルフらしく、年齢も一万を超えてからは数ええないというほどの超高齢。なのにもかかわらず肌艶が10代と言われても遜色ない所はさすがエルフ。略してさすエルと言った所だろう。
「何用じゃ?」
「そろそろ商人が来るっぽいから薬草貰いに来たんだけど……何してたの?」
改めてフェルトを見ると、何故か所々血で汚れてる。正直そんな姿で薬草園に入ってほしくないなぁ。
「これか? つい先程まで能無しワイバーンが大樹に迫っておったのでの。処分しとった所じゃ」
「ワイバーンかぁ……素材はどうしたの?」
ワイバーンは龍の中でも最弱。それでも皮膚は並の武器は通さないし、爪や牙には毒があるし何より空を飛んでるってだけで人類にとってはかなりの脅威なんで、もし倒す事が出来れば素材一つでかなりの儲けが期待できる。
勿論そんな素材を卸せばとんでもない厄介事が手招きして待ってるんで、時機を見てぐーたら生活の足しに出来るように亜空間に放り込んであるのがそこそこの数あるし、もっと上位の龍の素材も眠ってる。
なにせフェルトは俺が知る限り最強の存在だ。魔力も馬鹿みたいに多いし剣の腕は勿論弓を扱わせたらここにある山なんて一日あれば穴だらけ。勿論ヴォルフより強いからワイバーンなんて数頭程度なら歯牙にもかけないほど。だから期待した目でそう尋ねたが、あちらさんは気まずそうな表情のまま視線を逸らす。
「すまんのぉ。小僧が来ると分かっておれば原形を残しておいたんじゃがな」
「なんてこったい」
つまり、跡形もなく消し飛ばしてしまったと言う事らしい。相変わらず最強としてその腕を振るってようだ。
「し、仕方なかろう。あの駄龍もどきは、よりにもよって大樹に近づこうとしたのじゃぞ? それだけで万死に値する億の理由になるわい」
「ただのでっかい樹でしょ? 別にいいじゃん近づくくらい」
フェルトが大切にしている樹だけど、あれはここを見つけた当初から薬草と一緒に生えてたんだけどそこまで大きくはなかった。それが薬草と一緒に普通に育ててたら日に日にデカくなって、今じゃあかなりの大木に成長してんだけど、ハッキリ言って真っ青な葉っぱが気持ち悪いし薬草の一部が日陰になってるんでその辺りをバッサリ切りたいところなんだけど、それをぼそっと言っただけで御年万を超えたフェルトがドン引きするほどのギャン泣きで許しを乞うてきた。
正直、ハイエルフのフェルトがそこまでする樹だからきっとアレなんだろうなぁって思わなくもないけど、深くかかわると面倒そうな気がするんであえて詳細は聞かないようにしてるし、あっちもそれを語る気はないようなんでどうでもいい。
「ただのでっかい樹ではいないわ! まったく……なぜお主のような小僧が大樹の生育者なのじゃ。信じられん」
「知らないよ。そんな事よりさっさと薬草頂戴って。急いでるんだからさ」
「分かっておるわ。お主も屋敷の水を満たすのを忘れるでないぞ。羽トカゲの血を洗い流すためにこれから風呂に入らねばならぬのじゃからな」
「はいはい」
別にフェルト自身も魔法で水を満たす事が出来るのは百も承知だけど、ここにある薬草を適当に見繕ってもらうのに多少時間がかかる。だから俺は俺の別荘として建て、今はフェルトの家となってしまった裏にある貯水タンクに水を満たすなんて事をしなくちゃなんなくなった。
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