第9話

「さて……よく働いたし、昼までひと眠りしようかな」


 朝に収穫と精製。試作開発をしていたから畑への見回りをまだしてない事を思い出し、椅子に腰かけながら家の方へと向かってる道中で、沢山のおば――じゃなくてお姉さん達だったり女児連中に囲まれた我が家の三女の姿を見つけた。


「サミィ姉さん。こんな所で何してるの?」

「あぁちょうどいい所に。そろそろ昼食の時間になるからと母さんから君とアリアを連れて帰って来てと言われているんだ」

「もうそんな時間かぁ……じゃあ一緒に乗ってく?」

「助かるよ。という訳だから、済まないが離れてくれないか?」


 そう言うと女性連中が渋々と言った感じで離れてくれたのには理由がある。

 サミィは美人ではあるが、スレンダーな体つきとハスキーな声質のせいで中性的な印象が強く、立ち振る舞いもあって結果として女子達に恋愛感情に近いものを抱かせ、毎度毎度囲まれるという面倒そうな目に合っているんだが、本人は困ったような顔をしながらもそれに付き合う人の好さがある。勿論限界はあるけどね。

 そんなサミィが乗れる程度の大きさに造り直し、屋敷に向かって走り始める。


「ああいうのが面倒ならもう少し女らしい格好でもしたら?」

「ははは。ボクに女性らしい格好は似合わないさ。それに、こういう格好が好きだし彼女達との語らいも嫌いではないさ。少々加減はして欲しいけどね」


 言葉通り、サミィはあのアリアですら髪を長く伸ばしているというのに、女性でありながらも髪は男と同じくらい短くしてるし、男装を好んでいる。もしかしたらそういった病気なのかと遠巻きに尋ねてみたが、ちゃんと男が好きだと言う事も分かったので趣味なんだろうと結論付ける事に。

 事実、王都のパーティーに出席するとなった時のサミィはどこかの令嬢かってくらいに着飾られて綺麗だったんだけど、本人は非常に不貞腐れたような顔をしてたのが記憶に新しい。結果はあまり良くなかったらしいけど、本人は満足そうだったとヴォルフから聞いてるが疑惑は深まるばかり。


「まぁ、姉さんがそれでいいならいいけどね」


 人の趣味嗜好なんて、他人に迷惑がかからないのであれば口を出せる物じゃない。このままだとサミィは十中八九結婚とは縁遠い人生を送る事になるだろうけど、元々結婚出来るとは思ってない。上の2人は結婚できたけど、相手は国境付近の武を尊ぶ貴族だったからだ。

 これはサミィが悪いんじゃなくて、大前提としてウチは国内の貴族のほとんどから嫌われてるからだ。

 何故なら平民生まれの傭兵が貴族になったという絵にかいたような成り上がりだし、ほとんどの貴族が敗色濃厚となる少し前から他国へ逃げ出そうとしてる最中に、最後まで戦い抜いて敵国を退けて他の追随を許さないくらいの武功も上げた。

 普通であれば男爵なんかじゃなくて伯爵でもいいくらいの武功に対し、鞍替えをしようとしてたクズ共が寄ってたかってヴォルフの粗探しを開始。その結果として男爵って地位とぺんぺん草も生えんような広いくらいしか取り柄のない土地を押し付けられ、おまけに貴族の反感を買った。

 そんな成り上がりの娘が男装好き――地球であればその程度の事で結婚に対して障害にならないけど、この世界での貰い手はまぁ、居ないだろう。


「どうしてだろうね。今の君を見ていると無性に叩きたくなるんだけど」

「そういう時は本能に任せてぶったたくといいわよ姉さん」

「痛ッ!?」


 サミィのつぶやきに背後からそんな返答が聞こえたのとほぼ同時に後頭部をひっぱたかれ、背後を振り返るとうっすらと汗をかいてる稽古帰りであろうアリアの姿がそこにあった。


「アリアか。そろそろ昼食の時間になるから迎えに来たんだ」

「そうなの? ちょうど帰る所だったから良かったわ」

「ちょ、何も言わずに乗り込んでこないでくれないかな。重――ぶぎゅ!?」

「あ? なんて言ったのかしら」

「な、なんでもごじゃいましぇんでひゅ……はい」


 危なかった。もう少し口が滑ってたら顎が大変な事になっていた。しかし……サミィならまだしもあのアリアですら体重を気にしているとはね。脳筋とは言え女だったと言う事か。


「痛い! なにすんだよ!」

「アタシの勘がアンタを殴れって言ってたのよ」

「なんだよそれ!」

「いや。今のはリックが悪いよ。凄く馬鹿にしたような表情をしてたからね」


 ううむ……生前はポーカーフェイスで有名すぎて逆に切れられるほど無表情だったんだが、今世の俺は考えが顔に出るほど表情豊からしい。

 とりあえず二人掛けの椅子を三人掛けに造り直し、再度滑るように移動する。


「うん? アンタの持ってるそれなによ」

「これ? これは砂糖だけど」

「砂糖があるのかい? だがウチにはそれだけの砂糖を買えるような余裕はなかったはずと記憶してるよ」

「そうよ。いったいどうやってそれだけの量の砂糖を手に入れたのよ」

「これは屋敷の裏の畑に植えてた野菜から精製したんだよ。だからある意味タダで手に入ったんだ。ちょっと舐めてみる?」

「いいのかい? じゃあ遠慮なく」

「家で作ったのなら、家族であるアタシ達が味見をするのは当たり前でしょうが」


 ぱぱっと砂糖からウサギと鳥の飴細工を作って手渡す。


「相変わらず器用だね。これはホーンラビットかい?」

「無駄に技術が高いわね。アタシのはフォレストバード?」

「そう。見た目がいいと馬鹿な貴族が高値で買ってくれるだろうからさ」


 技術と言うのはそれだけでひと財産だ。とは言え大した技術じゃあない。あっつい飴を手でこねくり回せる根性があれば時間が何とかしてくれる。この世界じゃ初めてかもしれん飴細工だからな。多少見てくれがおかしくても、物珍しさで手を伸ばす奴はいるだろう。


「リック。もう一つ寄越しなさいよ」

「母さんに怒られてもいいならいいけど、どうする?」

「……止めておくわ」


 エレナの力は偉大だ。とはいえ、すぐに昼食となるんだから余計な物を食う訳にはいかないというのが実情。残すような事があればそれ相応の目に合うし、砂糖はカロリーの塊だからな。途中で満腹になる可能性が捨てきれないなら追加はナシの一択。

 道中、二人の目が砂糖の入った壺にずーっと向いてたけど、何事もなく屋敷までたどり着きました。

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