第8話

「じゃあ後は任せたよ」

「分かったわ」


 こんな少数の村でも薬師は忙しいらしく、おばばはあまり店に顔を出さない。それだけ調薬するのは時間がかかるらしく、俺としてはぼけーっと待ってても何ら苦痛じゃないんだけど、そういう事をするならやっぱふっかふかのベッドの中の方が何倍も良いので一度家に帰るか。


「少年、探しましたよ。ちょっといいですか」

「うん? どうかしたのグレッグ」


 サクッと椅子を作って帰ろうかとした所に駆け寄ってくるのは、この村で自警団を率いるグレッグ。細身の体躯に柔和な表情が優男って感じだけど、一度訓練となれば鬼軍曹になって村の血気盛んな連中をしごいてる怖い男だ。

 ちなみにヴォルフの元部下らしい。


「先日の訓練で槍が数本折れてしまいましてね。また作っていただけますか?」

「またぁ? 結構頑丈に作ったつもりなんだけどなぁ」

「そうですね。武器もですが防具もとても頑丈に出来ております。故にワタシも本気で訓練を施せます」


 にっこりと笑うその表情はとても怖い。

 事実、グレッグの本気の訓練についていけるのはアリア位なもので、そんな体力馬鹿でも終わる頃には汗だくで肩で息をするほどなのに比べ、村の男連中は途中で死ぬ。正直そこまでして鍛え上げて何と戦うのかは疑問だけど、ヴォルフもエレナも必要な事だと言っているので口は挟まない。


「分かった。じゃあ訓練所まで行こうか」


 よっこいしょと椅子に座ってグレッグの後を追う。普通に歩いてるはずなのにその速度はかなり早く、ちょっとボーっとしてるとすぐに見逃しちゃう。まぁ、目的地は分かってるんでそれでも別にいいんだけどね。


「相変わらずひどい有様だなー」

「全くです。この程度の訓練で音を上げるようではまだまだ使い物にはなりません。それに比べてアリアお嬢さんは有望株です」


 村の訓練所も勿論俺が作った。と言っても地面を均しただけの空き地っぽい場所だけど、そこでは多くの大人連中が大の字で寝転がっていて、そんな中で黙々と剣を振るアリアの姿があった。ヴォルフとの訓練が無い日はこうして自警団の訓練に混ざってるのをちょくちょく見かける。


「あらリックじゃない。訓練場に来たって事は「武具の手入れだから」……つまんないわね」


 目をキラキラさせてるアリアに対して速攻で否定するとすぐにつまんなそうに唇を尖らせて剣を振る。

 それを横目に倉庫の方に行く。さすがの脳筋姉も武具の手入れがどれほど大事か分かっているようで突っかかってくる事が無い。だがここに居るって事は分かったんで仕事が終わったらすぐに逃げよう。


「うわぁ……なんでここまでやるかなぁ」


 武器庫に入って槍を保管してある一角に行ってみると、先週新しくしたはずの槍の半分以上が無くなっていた。


「訓練と言うのは実践より厳しく行うのが常識ですので」

「作るだけならいいけど、グレッグの要望を満たすのって結構手間が居るんだけど?」


 そう。武具類を作るだけなら土魔法でダイヤが出来るんじゃないかってくらい押し固めればそれだけでいっぱしの武器になるんだけど、グレッグから言わせればそれだけじゃあ不満が多いらしく、やれ重心だ。やれ長さだ。やれしなり具合だというんで一つ一つ要望をかなえていったら結果としてすこぶる面倒な武具になってしまった。

 ここまでいったら買った方が断然楽なんだけど、我が領地の懐事情がそれを許さないんで、武器は優秀だけど防具は重いというデメリットを抱えたまま訓練が繰り返されれば当然だがあちこちガタが来るし壊れたりもするんだけど、そのペースがねぇ……早いと週に2回くらいは声をかけてくるんだよなぁ。正直面倒。


「さて……と。造形」


 面倒だけどやんないと怪我人が出るし、そうなるとおばばの所で薬草が大量に消費されるようになり、結果としてルッツに卸す分が減って儲けにダイレクトに影響するから手は抜かない。


「……こんな感じでよかったよね?」

「相変わらずあっという間に終わらせるのですね。戦場で出会ったどの魔法使いよりも少年の詠唱の方が早いですよね。コツとかあるのですか?」

「決まってるじゃん。面倒でやりたくないと思う事だよ」


 いちいち詠唱なんかして口を動かすなんてマジで無駄。そう思ったのは生れてしばらく魔力の訓練をしていた時に詠唱しているヴォルフの姿を見たからだ。

 詠唱自体は大して長くなかったが、やっぱ厨二チックな言い回しはいい年したおっさんには精神的ダメージが大きすぎるんで、死に物狂いで頑張った。そのおかげで今じゃ無詠唱であらゆる魔法が使えるけど、テンプレだと厄介事が待ってるはずなんで、一応詠唱の真似事をしてるに過ぎない。


「……いつも通りで助かります」

「ならよかった。しかし本当に飽きもせずあんなによく出来るね」

「これは自領の戦力増強が目的ですので、手を抜くわけにはいかないのですよ」

「戦力増強……ねえ」


 何となく察してる。きっと戦場に行く時が来た際の兵力だろう。じゃなかったらこんなぺんぺん草も生えないような辺境に加え、天を突かんばかりの山脈に囲まれた陸の孤島で、戦闘訓練も受けてない大人でも倒せる程度の魔物しか出ない領地に兵士なんて必要ないからね。あえてぼかしてるのは子供に話しても理解できないと思われてるからなのかな? どうでもいいけど。


「まぁいいや。とりあえず儲けが減るような怪我だけはしないようにしてね」

「その辺りには細心の注意を払っておりますとも。しかし、そろそろ防具を付けての訓練にも慣れてきた頃でしょうから、可能であれば軽い物も欲しい所ですね」

「その話はまた今度ね。アリア姉さんに捕まる前に逃げなくちゃいけないからさ」


 という訳で、魔法で武具類の保管小屋の裏手に穴を開けて飛び出した。

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