第7話

 さて……用意したのは砂糖・水・粉薬の三つ。


「これで一体なにするのかしらー?」

「そうだね……まずは簡単なのからいこうかな」


 実験なので砂糖は少なめ。後はそれに見合った量の水を入れて強火で3分ほど煮込めばあっという間に水飴の完成。


「こんな感じかな」

「それで完成かしらー?」

「ここでちょいとひと手間」


 何度も練り合わせて白くした飴を丸めて。楕円にして。ちょんちょんと切って耳の形に整えれば――ウサギの飴細工の完成だ。


「あらー。随分と可愛いものが出来たわねー。ホーンラビットかしらー?」

「こうした方が子供受けもよさそうだし、物珍しさも相まってより高値になると思うんだけどどうかな?」


 この世界の甘味事情はよく知らんけど、少なくとも砂糖で動物を作るなんて事はやってないはずだろうから、これを王都で売ればガキ連中だけでなく女子受けもよさそうだから、間違いなく素材そのままを売るよりはるかに儲けが期待できる。

 所謂希少価値って奴だ。


「相変わらず器用ねー」

「まぁ、手でやったら火傷するからね」


 冷えすぎると形を変える事が出来ないし、熱すぎるとそもそも手で持てない上にあっという間に溶けるから細工なんてできない。まぁ、丁度良い温度であっても素手で触れないが軍手とかそういった便利な物は無いんで、全て魔法で解決。やっぱり便利だね。

 ウサギに始まり、犬だったり猫だったりの動物シリーズは比較的デフォルメが出来るんで何とかなるけど、バラなんかの技術が要る細工物に関しては要練習かな。


「まぁこんなもんかな。どう? 砂糖をそのまま売るより儲けが期待できそうじゃない?」

「そうねー。これなら砂糖で売るよりも高く売れそうだけどー、こっちの粉薬は何に使うのかしらー?」

「そっちは薬効のある飴を作ろうと思って。こんな感じに」


 薬箱の奥から引っ張り出したのは風邪薬。薬師が色々な種類の薬草を調合して粉末にしたのがこれなんだけど、これがまぁ苦くて不味くて子供に超絶不人気。

 塗り薬なら問題ないんだろうが、風邪が塗って治る訳がない。当然飲まなきゃなんない訳で、その苦さは大人でも顔をしかめるほど。

 そんなクソ不味い薬を、地球にもあった糖衣と言う形に出来れば大儲け間違いなしだと思う。それでなくともウチからは薬草を商品として売りさばいてるからね。こっちも加工品となれば更なる儲けが期待できる。

 その試作として、この粉薬を可能な限り薄くした水飴で包み込んでみる。


「本当にそんな事をして大丈夫なのかしらー?」

「だから実験。舐めないで呑み込んで」

「仕方ないわねー」


 パクリと口に放り込み、水をぐっと飲んで胃に流し込む。


「どう?」

「そうねー。すこーし飲みづらいかしらー」

「飲みづらいか……」


 魔法でなるだけ小さくしたつもりだけど、そのサイズは俺が良く知る錠剤と比べて一回りデカい。そもそも粉薬の量が多いからね。こればっかりはしょうがない。


「でも今はこれが精一杯だしなぁ……」

「いいんじゃないかしらー? 飲めない訳じゃないのよー?」

「でも、子供がのどに詰まらせて窒息ってなったら困るんだけど」

「だったら大人しか飲めないようにすればいいのよー。薬を出すのはおばばなんだから、そうするように頼んできたらいいんじゃないかしらー。もしかしたらお母さんなんかよりいい方法を知ってるかもしれないわよー?」

「なるほど。じゃあおばばに相談してくる」


 おばばは薬のスペシャリストだ。もしかしたら同じ効果で量が少ない粉薬を開発してくれるかもしれない。

 そうなったら薬のサイズダウンもかなえられる。良いかもしれないね。


「はーい。でもお昼までには帰ってくるのよー?」

「分かってまーす」


 面倒だけど屋敷内ではあんま魔法を使っちゃいけないって言われてるんで、玄関まで歩き、そこからは土魔法で椅子を作って村へ。

 この村――というかこの世界で医者なんて立派なモンはヴォルフもエレナもルッツも知らないらしいから、恐らく存在してないんだろう。回復魔法もないしな。

 その代わりに、この世界じゃ薬師ってのがそれの代わりをやっていて、大きな街にはそれこそ玉石混合で数居るらしいけど、ここじゃあおばばとその弟子しか居ないが、ヴォルフが言うには王都に店を構えるくらい優秀とされる薬師と遜色ない腕前らしい。


「こんちはー。おばばいますかー」


 おばばの店は、入ると同時に複数の薬草の匂いがグッと鼻の中に入ってくる。

 店内は薬草を煎じた液体であったり粉薬であったりと言った商品が並んでるが、その品揃えは少なく基本的には切り傷擦り傷に使う軟膏が入った箱が置いてあるだけで、他には乾燥させた薬草がほとんど。


「あらいらっしゃいリック様。師匠は調薬の最中だから、用があるならお姉さんが聞いてあげるわ」


 店の奥から現れたのは、おばばの弟子のアレザ。腰まで届く長い銀髪に、気だるげな表情と豊満なスタイルがギリギリ見えそうなほどだらしない格好が村の男連中に非常に人気があるのだけど手を出す奴はいない。何故なら滅茶苦茶強いから。

 女性らしいラインを維持してるのに、何故か片手で大人一人を軽々持ち上げたりするその怪力に誰もが物怖じしてしまい、本人は結婚願望が強いのだけどそれが報われることはまずないという女性だ。


「ちょっと実験に付き合って欲しいなーって」

「あら。また面白そうなことを始めるの? だったらお姉さんが手伝ってあげる」


 ニッコリ笑顔と言うよりは妖艶な空気がプンプンの笑みだけど、子供だからなのか綺麗だなーとは思うが股間が反応したりする事は無い。


「……まぁいいか。アレザって粉薬飲めるよね?」

「そりゃあ大人ですもの」

「でも飲めない大人も居るよね?」

「ええ。師匠の薬はよく効くけど、飲むには覚悟が要るもの」

「そこで、将来的には子供でも飲めるような細工を思いついたから試してもらおうと思ってさ。という訳で粉薬一つ貰うねー」


 魔法で近くにあった薬を引き寄せる。何の薬かは知らんけど、ちゃんと粉薬だったんで魔法でギュッと押し固めてからドロッドロに再加熱した水飴でコーティングして冷やせば完成。


「甘い匂い……もしかして砂糖? どうやって手に入れたのかしら?」

「屋敷で実験的に栽培してたのから収穫した奴で作ったの。こうして飴で周囲を固めたら、子供でも飲みやすくなるんじゃないかなって思って。飲んでみて」


 手渡した飴を水で流し込む。やっぱ飲みにくそうにしてんなぁ。


「悪くないんじゃないかしら? ちょっと飲みづらいけど甘味しか感じないわ。これなら薬を飲むのを拒む男共も飲むかもしれないわね。ここで砂糖が生産できるなら安上がりでしょうし、砂糖なら薬効への影響もなさそうだもの」


 アレザからは比較的好印象を得る事が出来た。後はおばばが何と言うかだね。

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