第3話
「おはよー。お腹すいたー」
「はーい。ご飯なら出来てるわよー」
リビングに顔を出すと、のほほんとした声が返って来る。
名前はエレナ。ヴォルフの嫁で俺の母親。過去にヴォルフと共に傭兵として大陸中を渡り歩いてたらしく、その実力も折り紙付きらしいんだけど、普段はのんびりとしてて怒ったりする事もないが、ちゃんとご飯を食べない者には魔王かってくらい怖くなる。だからアリアもヴォルフもご飯食べられなくなると言っただけであっさり見逃してくれたんだけどね。
とはいえ、神の爺さんに頼んで貧乏な領地を選択した訳だけど、これがまぁ本当に酷い。
正直言って人は住めんでしょってくらいに土地が荒れてるし、大地に栄養なんて見つからないんで、毎年の税を納めるだけでカツカツに近い懐事情でまともな料理など作れるはずもない。
食材が手に入るのは商人が来た時だけ。なので、今日もそのまま食うのはかなり厳しいくらい固いパンに、塩味オンリーで少しの野菜と端切れみたいな干し肉が浮いたスープ? を食す。正直ここまで貧乏は想定してないんだよねぇ。
パンをスープに浸してもぐもぐやってると、家事を終えたらしいエレナがリビングで一休み。普通の貴族であればここにメイドなり執事なりが居るのが普通なんだろうけど、我が家でそんな労働者を雇えるわけが無いんで、家事全般はエレナと魔法で便利に家事がこなせる俺の担当だ。
「そう言えば、そろそろ裏の畑が収穫できるようになるよ」
「あらそうなのー? なにがとれるのかしらー」
「一応砂糖が取れる予定」
「あらいいわねー。お砂糖が売れればもう少し美味しい食べ物を沢山食べさせてあげられるようになるわー。頑張ってねー」
「そうだね」
我が領地には月に一度だけ商人がやって来る。そいつに売り払う物のほとんどは秘密の伝手がある俺が用意してる。何せ転移が出来る魔法使いなんでね。ぐーたらしたいけどこれが滞ると本当に立ち行かなくなるから重い足を引きずって頑張ってます。
その儲けで村人が暮らすために必要な資材や食料を購入しているんだが、改善は非常にスローペース。
この食事でも村中の人間が三食食べられるようになったのは半年くらい前である。それ以前は大人連中が二食だったり一食だったりとひもじい生活だった。
そう考えると、俺って頑張ったなぁって思う。正直ハードモードスタートにマジで転生早々死ぬかと思ったが、思いのほかしぶとく生き延びて魔法をある程度自在に使えるようになり、自重せず使いまくったおかげで今があるがまだ油断は出来ない。
この土地はちょっとでも気を抜くと酷くなるからな。労働したくないんだけど、しないとぐーたら出来ないからするしかない。
「俺がぐーたら出来る程度には稼ぐから、母さんは美味しいご飯作ってね」
「任せてちょうだーい。お母さん頑張っちゃうわよー」
当然ながら子供が働くってどうなん? という疑問は誰の胸にもない。ここは利用できるのであればなんでも利用しなければいけない厳しい地だからな。
まぁ、その中でも俺は魔法が使えるから他の連中よりかはずっと働いてる。
俺の一日のスケジュールは大抵が農家の家々を回って肥料散布で終わる。基本的にはそれで終わる簡単な仕事だが、最初は開墾ともしたし家屋の立て直しに農具作成等々……村人を働かせるためにそりゃあもう頑張ったさ。
おかげで最近は肥料散布程度だけだけど、いずれはこれもなくしたいが、堆肥を作るにはありとあらゆるものが足りないんで、悲しいけど計画は微塵も進んじゃいない。
「ごちそうさまでした」
「はーい。お粗末さまでしたー」
食後の一杯――まぁ白湯なんだけどを啜りながら一息つく。エレナの料理の腕は非凡だね。見た目一般より見劣りする塩スープが日本で飽食を繰り返し――多少見劣りする食事をしてきた俺の舌を満足させてくれるんだからね。
なんて事を考えながらぼーっとしてると、多少額に汗をかいてるヴォルフと泥だらけのアリアが不満そうな顔をしながら入って来た。
「あらあらー。またこんなに汚しちゃってー」
「すまない。アリアは剣の才能があるから、気が付くと訓練に熱が入ってしまってな」
「だからってやりすぎよー。アリアは女の子なのにー。怪我したらどうするのよー」
「大丈夫だって。怪我してもおばばの薬ですぐ治るし」
「駄目よー。アリアは可愛いんだから、顔に傷なんかついたらお仕置きが必要になるわよー」
瞬間。ゾッとするほどの殺気がリビング内を駆け巡る。
「わ、分かってるさ。その辺りの事はキッチリ気を付けてる。なぁアリア」
「そ、そうよ。顔への攻撃は隙を大きく作る事になりかねないって聞いてるからちゃんと防御するように父さんから叩き込まれてるもの!」
「あっ……」
「なによリック」
「それは言わない方が――」
「あなたー? ちょーっとこっちでお話ししましょうかー」
リビングに漂っていた殺気がただ一人の場所へと凝縮。救国の英雄と評されるほどの実力者であるはずのヴォルフが、エレナの前ではゴブリンにも等しい姿で夫婦の寝室としている部屋へとドナドナされていった。
心の中で合唱をする俺に対し、まるで状況が分かっていないとばかりにアリアは首を傾げている。
「どうして父さんが連れていかれたの?」
「いやいや。姉さんがそう仕向けたんでしょ」
「どういう事よ」
面倒だけど殴られたくないんで説明。
顔への攻撃は危険だから防ぐか避けるかしろ。そう言われてアリアは素直に訓練したと考えると、誰かがその顔面に向かって攻撃をしたって事だ。
そしてアリアの実力は12歳にしてはずば抜けているとヴォルフも言っていた。実際俺が見てても何の参考にもならないほど。そんな実力者が行う訓練は誰がやってんの? となればおのずと答えは出てくるってもんでしょ。
「うわぁ……それって滅茶苦茶やっちゃったじゃないの」
「次からはもう少し考えて喋った方がいいよ」
「うっさいわね。過ぎた事を言ってもしょうがないでしょ。それよりもお風呂の準備しなさい」
「はーい」
さすがに反省を生かすかなぁと思ったが、やはりもっと勉強しなよって皮肉が通じなかったようで即座に風呂を用意せよと言ってきた。ヴォルフも可哀そうに……。
まぁ、泥だらけで屋敷内をうろうろされちゃ敵わないんで、その指示に従っておこう。決してアリアの暴力に屈した訳じゃない事をここに記す。
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