第2話
「ふあ……っ。今日もいい天気だ」
まぁ、ここら辺は晴れか猛吹雪以外の天候はほとんどない。何せ嫌がらせでそんな辺境の土地を押し付けられたんだからな。
異世界の神様を名乗る爺さんに酔って誤って殺されてからすでに5年。ようやく一人で歩き回っていい許可を得た俺は、今日も今日とて自宅でのんびりしたいという欲求を抑え込んで、屋敷裏庭の一画に作った畑にやって来た。
「うん。イイ感じに育ってるね」
植えたのは、俺が生まれる前からからやって来る商人に頼んで取り寄せてもらった甜菜だ。
普通であればやせた土地で雨もロクに降らない場所じゃあ栽培不可能だけど、この世界には科学じゃあ説明が付けにくい魔法と言う超常現象を操れるんで、土魔法で地下深くから珪砂を引っ張り出したガラスで温室を作り出し、火魔法と水魔法を微調整する事で適切な温度と湿度を作り上げて完成させた温室内であれば問題なかったようだ。
「さて……」
土に触れて魔法を使う。全くと言っていいほど栄養が無い痩せた土地に、魔力で生成した窒素だのリンだのと言った化学物質を流し込んでいく。
結構魔力を使うけど、生まれてからずっと魔力量を増やすために訓練を重ねてきた今の俺からしてみれば大した量じゃない。そもそも自分の魔力量がどれだけ多いのかもよく知らないしね。
5歳にしては絶対に多いと自負してるけど、何十年も魔法使いとして生きてきた人間と比べた事が無いんでよく分かんない。何せ訪れるのが件の商人とその護衛くらいで、今世の父親であるヴォルフも多いと思うぞとしか言ってくれないしステータスオープンなんて便利な代物もないんでね。
「……よし。こんな感じだね」
あくまで実験栽培なんでさほど多い訳じゃないけど、これが成功すれば念願の砂糖が手に入る。
この世界、調味料は塩が大半を占めてて、砂糖・胡椒は貴重品。酢も無ければハーブ類はほとんど確認できてない。味噌と醤油は話すら聞かないからきっとないんだろう。
でも大豆はあったんで、味噌と醤油のために育ててる畑に行って栄養と水をあたえたりなんかすれば朝のお仕事は終わり。ぐーたらのためとはいえよく働いたなぁ。きっとご飯が美味く感じるはずだ。
さて――それじゃあ朝ごはんでも食べようかなと屋敷に戻る途中、ブンブンと素振りの音が聞こえるんで朝から元気だなぁと思いながら顔を出すと、そこではヴォルフ・カールトンと、4人居る末の姉の1人であるアリア・カールトンが剣の訓練の真っ最中だった。
相変わらずアリアは剣に夢中みたいだ。
あれで母さんであるエレナに似て随分な美少女に産んでもらったって言うのに、自衛隊かよと言いたくなるほどの訓練を受けて身体中生傷が絶えない事に対してまったく気にしないアリアもアリアだけど、それを良しとするヴォルフもヴォルフだね。
「ようやく起きたかリック。お前も目覚ましにやるか?」
「いいよ。俺は肉体労働が似合う人間じゃないし」
最低限の運動はしてるけど、俺は5歳の子供。超絶ハードワークすぎる我が家の訓練には欠片もついていけないし、ついていく気もさらさら無いんで丁重にお断りしている。
ヴォルフはいつもの事として苦笑いするだけだけど、それを良しとしない姉が一人いる訳で……。
「そんなんだからいつまでたっても貧弱から成長しないのよ。便利だからって魔法ばっかに頼ってないで参加して体を鍛えなさい」
「アリア姉さんが居ない時にやるよ」
この世界、魔法はあるけど使える人間は限られる。おおよそで全体の1割ほどとヴォルフから聞いてる。
ウチの家族で魔法が使えるのはヴォルフと俺だけだけだけど、ヴォルフが使えるのは無属性だけで、それを使うにも詠唱が必要だけど、俺は神様の爺さんのお陰であらゆる属性が使える上に今は詠唱すら必要ない。何故かは分かんないけど気が付いたらそんな身体になってた。
何か言われないように他の誰かが居る前では簡素な詠唱はするけど、1人の時は基本無詠唱。その方が楽だからなのは言うまでもない。
「何よそれ。まるでアタシが邪魔みたいじゃない」
「みたいじゃなくてそう言ってるんだけど?」
俺だって適度な運動が健康にいいのは十二分に理解してる。しかし、人には個体差という物があって、ある程度は埋められるけど限度がある。
アリアの年齢は12歳。将来は冒険者という魔物を退治したりダンジョンに潜ってお宝を発見したりするいわゆる異世界物のテンプレ職業を目指しており、そのための行動に余念がない。ハッキリ言って人の域を超えた動きをするのだよ。
そんな身体能力の持ち主と一緒に訓練? こっちに合わせてくれるならまだ希望があるけど、アリアがそんなお優しい性格であったらこれほど拒否はしない。つまりはそういう事です。
「なんですって!」
そう言って拳を振り上げるアリア。いつもであれば俺は殴られて痛い思いをするのだが、今はここに心強い味方が座しておられるのでね。必死にその一撃を回避してヴォルフの後ろに。
「こらアリア。あまりリックに無理強いするな」
「でも父さん。リックが運動しないと病気になるわよ」
「大丈夫だ。リックには年齢に見合った運動をちゃんとさせている」
「そうそう。アリア姉さんと俺とじゃ体力が違うからね」
100メートルを8秒くらいで駆け抜ける人外のアリアに対し、一般スペックの俺は25秒くらいかかる。これだけでどれだけの性能差があるのかを理解できるだろう? ちなみにヴォルフは3秒です。
そんな化け物達と同じ運動など出来るはずが無いというのに、アリアはそれを強要してくる。だからノーだと即答する。
「アンタだって鍛えればこの位すぐ出来るようになるわよ」
「無理だから。それに、大抵の事は魔法で何とかなるからやんないって」
一応、あらゆる属性の魔法が使えるから、転移魔法を使えば100メートルだろうが100キロだろうが一瞬。とはいえ、勿論そんな事を言ったら面倒な事になりそうなんで秘密。家族は俺が使えるのは四大属性と言われる火・水・土・風だけだと思っている。
まぁ、そんな言い訳が通じる姉ではないので最終手段を取る。
「別にやってもいいけど、ご飯食べられなくなったらアリア姉さんのせいだって母さんに言うけどイイ?」
「う……っ。それは……駄目よ」
「じゃあアリア姉さんもほどほどに切り上げて帰って来てねー」
ごはん一つなんだよと思うかもしれないが、子供の身体で一食抜くのはそこそこシンドイし、何より抜いてはいけない理由がある。
なので、アリアもヴォルフもそれ以上何も言わずに俺を屋敷へと見送ってくれた。
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