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結局、手持ち無沙汰になった僕は、塾までの時間を家で過ごすことにした。
先月まで満開だった校門前の桜は、既に散り、床に敷き詰められたはずの花びらたちは、桃色だけでなく、薄茶色が目立ち始めていた。
自然とできた絨毯の上を自転車で進んでいく。タイヤが花びらを少し巻き上げるが、またすぐにアスファルトへと吸い寄せられる。
アパートに着き自転車を降りると、後輪に一枚だけ、花びらがぴたりとくっついていた。
3階まで階段を上がり、鍵を鍵穴へと差し込んで、右に回す。
けれど、開錠される時に感じるはずの指への重みがない。僕は、「またか」と呟いて、そのままドアノブを引いた。
玄関を開けると、言い争いをしている声が二つ聞こえてくる。
「姉ちゃん、勝手にテレビ変えるなよ!」
「5時には見たいのがあるから変えてって言ったじゃん!」
「まだ、5分あるじゃん!」
ギャーギャーとつんづく声に元気だなーと思いながら、もうすぐ5時になることに気付く。母はまだ、仕事から帰ってきていないらしい。
「兄ちゃん、圭が叩いた!」
「姉ちゃんが約束守らないからだろ!」
背中へとかけられた声二つに、顔を向ける。肩まで伸びたおかっぱ頭の女の子が左肩を抑え、まるこめ頭の男の子が左手にリモコンを持っていた。
「二人とも、何があったかゆっくり話してみて」
小学3年生の弟・
先に帰った圭がテレビを見ていて、後に帰ってきた千夏が5時になったら自分の見たいチャンネルに変えてほしいとお願いしていた。でも、時間になる前にチャンネルを変えたから、圭が怒り、リモコンを奪ったのち、叩いたとのこと。リモコンで叩いたのかとひやりとしたが、どうやら平手打ちだったらしい。
聞こえてきた言い争い通りだな、と思いながら二人の前で膝をつく。
「千夏、まだ時間があるならチャンネルを戻してあげな。圭、嫌なことがあったから
って、千夏を叩いたらだめだろ。二人とも、どうすればいいか分かるよね」
口をすぼませた二人が、うつむきながらも、互いに向き合う。
「ごめんね」と、千夏が先に謝り、「僕も、叩いてごめん」と、圭も謝る。
二人の頭をなでて自室へと向かい、大事なことを思い出した。
リビングを振り返ると、既に二人仲良く、テレビの前に座っている。
なぜ喧嘩をしていたのか、不思議になる。
「千夏、帰ったら鍵は閉めないと」
テレビから目を離さないまま、「あ、忘れてた」と、千夏が返事をした。
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