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放課後になり、部活に勤しむクラスメイトたちがそそくさと教室を出ていく。
僕は、号令の後にもう一度席に着き、まばらになった教室のなかにいた。
視界の端に時計が映る。
針は午後4時10分を示しており、今日の塾が始まるまでの2時間弱は暇であることを教えてくれた。
受験生だから自習をすればいいのだが、塾の講義が始まれば休憩を挟んでも3時間は勉強の時間となる。
まだ、3年生に成り立ての僕は、一週間の始まりからこの2時間弱を自習で埋める気にはなれなかった。
なんとなく、机の中に入っていた文庫本を手に取ってみる。
朝の10分読書のために、教室の本棚から借りている一冊だ。
本当は読書の時間が終わると毎度本棚へ返さないといけないのだが、自分の席は前から2列目であり、教室の後ろにある棚まで取りに行くことが面倒だった。それに、続きが気になり、誰かに先を越されるのが嫌で、「この一冊だけなので、許してください」と思いながら、机に忍ばせていた。
ページをパラパラとめくる。第1章の途中まで読んでいるはずなのだが、栞がないため自分の記憶を頼りに文字を目で辿っていく。
物語は、中学生の男の子が主人公で、ミステリーと冒険ものの話となっている。塾の帰りに見かけた友人が突然視界から消え、どこに行ったのかと彼に問いただしたところ、小さな鍵を手渡され、「見つけてごらん」と笑みを向けられる。
そして、彼の『砦』へと招かれ、仕掛けをくぐりながらゴール地点を目指す主人公。
僕は今、この友人のもとへと向かう主人公とともに、頭を働かせながら仕掛けを解いている最中だ。
非日常的な時間を、主人公とともに過ごしているような気持ちになれる読書の時間が、少し楽しかった。
そして、朝のたった10分が経過する度に日常に引き戻される感覚が、少し、苦手でもあった。
今朝まで読んだページを見つけ、両手で開く。でも、やっぱり楽しみは明日の朝にとっておこうと思い、本を閉じた。
読み終えたのが何ページ目なのか確認しておけばよかったと気づき、もう一度本を開いてみるが、やっぱり諦めた。
添えていた左手を外すと、ゆっくりと本が閉じていき、文庫本の裏表紙が目に入る。
あらすじには、主人公たちを『普通の中学生』と記しており、無意識に「たぶん違うよ」と、苦笑いと独り言が零れていた。
(※はやみねかおる 『
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