第一章

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・・・


「前から言おうか迷ってたんだけどさ。おまえ、それ、ストーカーじゃないよな」


 佐藤が椅子にまたがり、背もたれに両腕をついたまま、僕の正面から神妙な面持ちで言った。隣のクラスメイトである彼がここにいるのは、今はちょうどお昼休みだからだ。


「違うよ、だってちゃんと話したことあるし、挨拶だってするよ」


 金曜日に買っておいたピーチ味の紅茶のパックに慌ててストローを差す。口の中いっぱいに吸い上げ、ごくりと飲んだ。少し、むせる。


「話したって言ったって、ちゃんと会話をしたのはただの一度だけだろ」


 僕はストローを口にくわえたまま、目を逸らした。佐藤の言う通りだ。もっと言えば、僕たちの会話はさえしていないのかもしれない。

 僕にとっての〈金曜日の楽しみ〉は佐藤にしか話していない。でも、彼でさえ「毎週金曜日に会えることが楽しみになっている人がいる」ということくらいしか、知らない。言えていないんだ。



「佐藤くん、2年生の男の子が呼んでるよ」


 クラスメイトの女子が二人、おずおずと近づいてきて、佐藤に声をかける。

 上体をねじり廊下の方を見ると、教室の出入り口に剣道部の西山が立っていた。西山は、佐藤を見て呆れ、僕を見て少し困ったような顔をする。そんな彼に気付いていないふりをしながら、僕はそっと正面を向いた。


「やべ。俺、ミーティングの時間だ。そろそろ行くな」


 教室の時計の針は1時5分を示していた。確か、ミーティングは1時からのはず。

 すでに5分遅刻している佐藤は、弁当箱を慌ててハンカチで包み、椅子を元の位置へと戻した。

 知らせに来てくれた女子二人に「ありがとな」と言って廊下へと走っていく。礼を言われた二人は嬉しそうに顔を見合わせていた。

 

 離れていく佐藤の背中を目で追う。彼は廊下で西山と一言二言かわし、僕の視界から消えていった。


 ざわざわと廊下を行き来する学生服を眺めながらストローをくわえる。ふわりと香りだけが鼻を抜けた。

 パックの中は、既に空っぽだった。

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