せいくらべ
実
プロローグ
p.1
途切れ途切れの蛍光灯の下で『志望高校への合格率、100%!』の文字と一緒に、知らない制服を着た男女が、色褪せながらも拳をぐっと空に掲げている。
「じゃあな」
「うん、また明日」
僕は、そのポスターを背にクラスメイトの細田に返事をしながら、スマートフォンを手に取った。画面には21:50と表示されている。
今日は、会えるかな。
ぽそりと呟いたその一言に、誰も返事はしない。僕はそのまま自転車にまたがった。
塾から家まで自転車で20分。しかし、毎週金曜日は5分ほど余分に時間をかけて帰路に着く。僕は週に一度だけ、塾の近くのコンビニへと寄り道をしていた。
「いらっしゃいませー、こんばんはー」
店員の男の人が、来客を知らせる『ピロロロン』という音を合図に、ちらりと入口を確認して、マニュアル通りの台詞を口にした。
僕はレジの前を通り過ぎ、突き当たりのジュースが並べられた戸棚へと向かう。パック型の期間限定と印字されたピーチ味の紅茶を手に取り、お菓子コーナーをぶらついてみた。
やっぱり今日は会えないのかも。
ふう、と息を吐き、スーツ姿でお弁当とブラックコーヒーを持った男の人の後ろに並ぶ。
この人、この後も仕事をするのかな、なんて、見知らぬ人を勝手に気の毒がっていると、また、来客を知らせる『ピロロロン』が鳴った。
「あ」 僕の声と新しい客の声が重なる。
その人は前に見かけた時と似たような無地のTシャツにパーカーを羽織り、ジーンズを履いていた。ラフな服装には似つかわない、華やかな目鼻立ちをした女性だ。いや、ラフだからこそ、この人が素できれいな人であることを引き立ててくれるのかもしれない。
「こんばんは」にこっと笑顔を向け、僕に近寄る。
こんばんはと返そうとして、その人が僕に近寄ろうとしたのではなく、列を横切りたいのだと気づき、慌てて一歩大きく、後ろへと下がった。
戸棚に肩が触れる。
「ありがとう」
その人はもう一度笑顔を見せてくれて、僕の前を通り過ぎた。
ふわりと花のような柔らかい香りがして、その香りの後を目で追った。
「次の方、どうぞー」
店員の呼びかけで、スーツの人が支払いを終えていたことに気付く。ほころびそうな口元をきゅっと結び、紅茶をそっとレジへと置いた。
やった、今日も会えた。
週に3回の塾の帰り道、金曜日だけコンビニに寄る。それが僕にとって、とても楽しみとなっていた。
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