5.

 私が天正家を出てから三日ほどが経過するけど――……。


「美竹、夕飯できたよ」


「いやあ、悪いね。いつも作ってもらっちゃって」


「いいって、そんな。お世話になってるのはこっちなんだし」


 せめてこれくらいは、ね。私はお盆に乗せたお皿を次々とテーブルの上に並べていく。


 準備が整うと、私と美竹は同時に手を合わせた。


「はーっ……。やっぱ夏でも味噌汁は欠かせないよねえ。あー、おいしい。

 でも、まさか牡丹が料理できたなんて」


「そう? まあ、前はよく作ってたし」


「それでさ、別に急かす訳じゃないけどさ。いつになったら話に行くの?」


「それは、その。だから、その内……」


「その台詞、昨日も聞いたよ」


 さらりと間髪入れずに返して来る美竹に、私は思わずふいと顔を背ける。


 美竹に言われなくても分かってるもん。だけど、いざとなると、つい尻込みしちゃって。結局私は、だらだらと美竹の元でやっかいになっていた。


 美竹は、

「まっ、アタシとしては好きなだけいて良いけどさ。

 ……ただし、牡丹がいたければの話だけど」

といささか物騒な台詞を呟くと、急に外から、「おーい!」

と機械混じりではあったけど、聞き覚えのある声が聞こえてきた。その声に、私は思わず飲みかけていた味噌汁を吹き出しそうになる。


 私は箸を置くと這うようにして部屋の奥へと進み、引き違い窓を開け放つと、そのまま勢いを殺すことなくベランダへと飛び出した。


 すると窓の下には予想通り、なぜか拡声器を手にした梅吉兄さんと、それから道松兄さんに藤助兄さん、桜文兄さん、菖蒲兄さんに芒、そして菊と天正家の全員がそろっていた。


「なんで、どうして兄さん達がここに……」


「アタシが教えたからに決まってるじゃん」


 美竹はいつの間にか私の隣に並び、悪びれた様子もなく、ひょうひょうと告げる。


 敵は本能寺に在りとは、まさにこのことだと。そんな考えが頭を過ぎる中、私は裏切り者の友人を軽くにらみつけた。


 梅吉兄さんは拡声器を口元に当て、

「えー、天正牡丹。君は完全に包囲されている。むだな抵抗はせず、速やかに投降しなさい」


「ちょっと、梅吉ってば。拡声器は使うなって言っただろう。近所迷惑だってば!」


「そんなこと言われても、声を張り上げるの疲れるんだよ。それに、こっちの方が大きな声を出せるしな。

 えー、そう言う訳だから、かわいい妹よ。家出ごっこは十分に満喫したろう。早く家に帰るぞ。話なら家でゆっくり茶でも飲みながら聞いてやるからさ」


「そうだよ、牡丹。だから帰ろう!」


 やんや、やんやと下から叫ばれ。その騒ぎに両隣の部屋だけじゃなくマンション中の窓が次々と開いていき、中からひょいと人が出て来る。路上を歩いていた人達も何事かと足を止め、騒動の元凶である私達のことを遠目に眺めていた。


 その様子を私は頬に熱を集めながらも、じっと見下ろし、

「帰るって、でも……。だって私は……、私はっ……!」

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