4.

「ううんと、つまりさ。牡丹が家を出て来た理由って、萩のことを――足利家のことを兄弟達に知られたから……でいいの? お兄さん達との生活が嫌になったとか、前の家に帰りたくなったからじゃないんだよね」


 こくんと私がうなずくと、美竹は、

「そのことで、お兄さん達に何か言われたの?」

とまた訊ねる。


「ううん、そんなことは……」


 と言うよりも、その前に家を出て来ちゃったから。兄さん達はどう思ったんだろう。今更ながら私は手の中のアイスをぼうっと見つめるけど、もちろん答えなんか出てこない。


 ちっとも考えがまとまらぬ内に、美竹がまたもや口を開く。


「所でさ、萩はどうして牡丹の所に来たの?」


「えっ。どうしてって……」


 そう言えば萩は、どうして来たんだろう。私を連れ戻しに来たって言ってたけど、でも、なんで……。


 大体、私のことなんか嫌いな癖に。確かに萩は最後まで私が家を出ることに反対してはいたけど、でも、結局その理由も分からないまま出て来ちゃったんだっけ。


 本当にどうして……。


 またうだうだと考え込んでいると、美竹は、

「ねえ、今からでも遅くないんじゃない?」


「遅くないって、何が?」


「だから、足利家のこと。牡丹は足利家を出て、今は天正家の人間になったけどさ。でも、牡丹にとっては大切な人達だったんでしょう? 萩だって、わざわざ牡丹を連れ戻しに来たくらいなんだから。

 ちゃんと話し合えばいいんじゃない? 結局さ、お互いに分かり合うには一番手っ取り早いというか、なんだかんだ、それしかないんだよね。

 ちゃんと話し合えばいいんだよ」


「問題は話し合えるかだけどね」と美竹は一言付け加える。


「そりゃあ本来なら同じ家で同じ時間を過ごすのが一番家族として理想的なんだろうけど。でも、それは一つの在り方に過ぎなくて、その形は家族によって様々でも良いんじゃない?

 だからさ。足利家のことを無理に捨てなくてもいいんじゃない? 確かに牡丹は今は足利家の人間じゃないけど、それって戸籍上で言ったらでしょう? 牡丹が足利家にいた事実は変わらない。

 今の家と足利家と、両方を大事にしても罰なんか当たらないよ」


 両方を……。


 そんなこと、考えたこともなかった。


 私は思わず呆気に取られて、きょとんと目を丸くさせる。


 美竹は、ふっと柔らかく笑い、

「まずはちゃんと話してみなよ。お兄さん達に足利家のことを。

 逃げることって、決して悪いことじゃないと思うけどさ。逃げるのって、一つの知恵なんだよね。自分を守るための本能的行動だもん。だけど大切なのは、逃げた後、どうするかってことだと思う。

 どうせ牡丹、何も言わずに飛び出して来たんでしょう? 牡丹って、そういう所あるよね。一人で全部抱え込もうとしてさ。自分ばかりが変に深刻になってるだけで、案外相手はそんな風に思ってなかったりするものだよ。

 だから、」


「ちゃんと向き合ってみなよ」美竹にしてはめずらしく真剣な声だ。その音は雑音に紛れることなく、私の中にするりと入り込む。


 自分ばかりが……。確かに私、逃げてばかりだ。あの時だって、今回だって。何も言えずに……、ううん、何も言わずにただ逃げ出したんだ。


 ちらりと窓越しにカーテンの隙間から覗いている月を見つめながら。


「そう……だね……」


「ていうか牡丹、アイス溶けてるよ」


「えっ……? わっ、本当だ!」


 美竹に指摘され気が付くけど、すっかり生温くなったそれを手にしたまま、私はぐにゃりと眉をゆがめさせた。


 私は美竹が用意してくれた布団に半ば体を投げ出すようにして横になる。そして急激に襲って来た眠気に素直に従い、重たいまぶたをゆっくりと閉ざさせていった。

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