3.
お母さんは、自分がもう長くないことが分かっていたから、だから輝元さんと一緒になったんだって。そのことを知ったら、ますますどうしたらいいのか分からなくなった。
そんな時だった。天羽さんが現れて、お父さんの元に来ないかって誘われて。それに対して輝元さんは、好きな方を選べって。自分と萩のことは一切考えないで、後悔しない方を選べって言ってくれて。
だから私は……。
痛むのど奥をそれでも私は震わせて、
「私は……、私は自分から捨てたんだ。お母さんが自分を殺してまで残してくれた居場所を、自分の手で捨てたんだ。
萩の言う通り、私のしたことは、ずっと恨んできたお父さんがしたことと変わりなくて。萩に言われて、やっと実感したの」
……ううん、違う。させられたんだ。
すっかり溶け切ってしまったアイスを、私は力任せにただ握り締める。すると、ぐにゃりと柔らかな、なんとも言えない感覚が静かに手の中に返ってきた。
「お母さんの思いを踏みにじってまで、あの家を出て来たのに。なのに問題のお父さんに会えなかった所か、代わりに待っていたのは半分だけ血の繋がった兄弟で。
笑っちゃうよね。兄さん達のことは本当に知らなくて、そんな大事なことを教えてくれないなんて、天羽さんも人が悪いっていうか。
……本当、兄さん達は他に行く所がないから天羽さんに引き取られたけど、でも、私だけは違った。ちゃんと居場所があったのに、あの家から出て行く必要なんかなかったのに」
ずっと父親みたいに接してくれていた輝元さんよりも、私は、私とお母さんを捨てた本当のお父さんを選んだ。バカだよね、一度も会ったことがないのに。ただ血が繋がってるという理由だけで、今まで面倒を見てくれた輝元さんよりもお父さんのことを選んでさ。
捨てるのなんて容易かった。捨てるまでに散々悩んで、悩んで、悩み抜いて。だけど長かったその工程に対して、投げ捨てるのにかかった時間はわずか数秒足らずで。
あまりの呆気なさに、いざ捨てたらこんなもんなんだって。あれだけ悩んだのに、私が大事にしてきたと思っていたものは、それだけの価値しかなかったって、そう言われてるみたいで。だけど後戻りなんてできなくて……。
美竹の言う通り全てを吐き出したら、少しは楽になれた気がする。でも、それはなんだか罪の告白に似ていて。映画やドラマでよく見られる、教会でざんげするシーンが私の頭の中で自然と連想される。
だけど、この罪は、きっと洗い流されることはないだろう。たとえ神様が赦してくれたとしても、天国にいるお母さんは赦してくれない。
私は空っぽの瞳を無意味にも揺らし、カーテン越しに忌まわしい月を一人見上げることしかできなかった。
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