8.
こうして短い家族旅行も終わりを迎え、私達は我が家に帰宅した。
家の中に入るなり、誰もがもたれかかるようにしてソファーに座り込んだ。
「はーっ。さすがにバスと電車に乗りっ放しだと疲れるな。色々あったが、まあ、なんだかんだ楽しかったよな。クマに襲われるなんて滅多にできない体験だし、今となっては良い思い出だよ」
「良い思い出って、あんな思い、私は二度とごめんです」
二度もクマに襲われるなんて。そんな人生、嫌に決まってる。
他人事の梅吉兄さんに私はむすりと口先をとがらせるけど、兄さんには効果は全くない。
不満を抱きながらも藤助兄さんがいれてくれたお茶を飲んでくつろいでいると、ふと目に入ったカバンがごそりと動いたような気がした。気のせいかな。そう思った矢先、だけどカバンがまた動き出した。
「あの、桜文兄さん。兄さんのカバン、動いてませんか……?」
そう言った直後、またしても兄さんのカバンの形が大きくゆがんだ。今度は私だけじゃなく兄さん達の肩も大きく跳ね上がった。
「きゃっ!? やっぱり動いてますよ、そのカバン!」
「あっ、本当だ」
「『本当だ』じゃねえよ。桜文、中に何を入れたんだよ」
「何って、財布と着替えくらいしか入れてないぞ」
「ただの服があんな風に動いたりするもんか! とにかく中を開けてみるぞ」
梅吉兄さんは問題のカバンのジッパーを掴むと一気に動かす。すると、ひょいと黒い塊が中から勢い良く飛び出した。
「うわあっ!? ……って、え……、た、タヌキ……?」
「このタヌキって、もしかして……」
私が結論を出すよりも先に、芒がタヌキの前に躍り出て、
「あっ、あの子だ!」
と声を上げる。一方のタヌキも芒に目がいくと、芒の胸に飛び付いた。
「なあ。このタヌキ、山に逃がしたはずだよな?」
「うん。でも、元々あの部屋に出入りしてたみたいだし、それで桜文のカバンに……って所かな」
「おい、桜文。カバンの中にタヌキが入っているのに気付かなかったのかよ?」
「なんか重くなったような気がするとは思ったけど、全然気付かなかったなあ」
へらへらと能天気に笑う桜文兄さんに、梅吉兄さんは呆れ顔を浮かべさせる。その隣では道松兄さんが、怪訝な面で問題のタヌキをじろじろと見つめている。
「それで。このタヌキ、どうすんだよ」
「元いた山には帰しに行ける距離じゃないしね……」
「その辺に逃がす訳にもいかないしなあ。こうなったら、ウチで面倒見るしかないだろう。
おっ、このタヌキ、メスだぞ。良かったな、牡丹。仲間が増えて」
けらけらと笑い出す梅吉兄さん。
タヌキと同じ扱いをするなんて、なんだか失礼しちゃう。
「それよりウチで面倒を見るって、タヌキなんて飼えるんですか?」
私の疑問にスマホの画面を見つめていた菖蒲兄さんが、
「調べた所、飼えなくはなさそうですが……」
と返した。
「それじゃあこの子、飼っても良いの!?」
「良いって言うか、天羽さんにも相談しないとだけど……」
困惑顔を浮かばせている兄さん達を余所に、芒は、ぱあっ……! と大きな瞳を輝かせる。
「わーい、わーい!
そうだ、名前を付けてあげないと。ううんとねえ、お月様みたいに真ん丸だから、満月……。うん、今日から君の名前は満月だよ」
「芒、女の子に丸いなんて言っちゃダメだぞ」
きゃっきゃ、きゃっきゃと甲高い音を上げている芒に、冷静に忠告をする梅吉兄さん。
そういう問題ではない気がする。
そう思ったけど声に出すことはしないで、代わりにグラスに口を付け、ごくんと一口麦茶を注ぎ込んだ。
こうして家族旅行をきっかけに、一人……じゃなくて一匹が、なんの前触れもなく天正家に仲間入りをした。
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