6.

「平気って、クマと闘うなんて無茶し過ぎですよ!」


 へらへらしている兄さんを私は叱るけど、それでも兄さんは「ごめんね」と反省してるのかな、軽く謝るばかりだ。


「もう、本当に分かってるんですか?」


「うん。でも、牡丹ちゃんは大切な妹だから」


「え……?」


「だから牡丹ちゃんのことは、絶対に俺が守るよ」


 兄さんは、にこりと笑ってそう言った。


 そう言えばストーカーの件の時も、そう言ってくれたっけ。


 兄さんが優しいのは分かるし、今だって兄さんのおかげで助かったけど……。でも、自分のことも大切にしてほしいよ。


 そんなことを思っていると、遠くの方から物音が聞こえてきた。その音に誰もが身構えたけど。


「おーい、芒はいたかー?」


「梅吉兄さん達! それが、クマが出て……」


「はあっ、クマだって? この山、クマがいるのかよ」


「なるべく一塊になって行動した方が良さそうですね」


 菖蒲兄さんの案にみんなうなずき、芒探索を再開しようとしたけど、その矢先。私のすぐ後ろの草木が大きく揺れ動いた。


 感じ取った気配に私はとっさに振り向くけど、鋭い瞳と宙の一点で交り合う。逃げ出そうとしたけど、うまく足に力が入らなくて、その場から一歩も動けない。


 けれど、次の瞬間。


「ストーップ!」

と甲高い音がその場に響き渡った。そして、スパンッ――! とクマの眉間に一本の扇子が直撃した。


 続いて、茂みの中から小さな塊が飛び出した。その影は月光を浴びて、次第にその身を晴らしていき――……。


「す……、芒――!??」


 芒は、すとんときれいに着地を決めると、そのままクマに近付いて行く。


 クマに向かって、すっと腕を伸ばして、

「ごめんね、痛かったよね」

 小さな手を使って、そっとクマの額をさすった。その間、クマはおとなしくて芒にされるがままで。しまいにはバイバイと芒に手を振られながら、のそのそと山の奥へと帰って行った。


 その後ろ姿を見送りながら、十年分は寿命が縮んだと。青菜に塩をかけたみたいに私の全身からまたしても力が抜けていき、へろへろと再び地べたにへたり込む。


 誰もが安堵感に浸っている中、藤助兄さんは芒の元に駆け寄ると自身の方へと抱き寄せた。


「もう、芒ってば。勝手にいなくなったらダメだろう。心配したんだからー!」


「お兄ちゃん、ちょっと待って。この子がつぶれちゃう」


「えっ、この子って?」


 なんのことかと藤助兄さんが首を傾げさせると同時、芒の胸元から、ぴょこんと何かが飛び出した。


「うわっ!? びっくりした。えっと、これってもしかして……」


 瞬きを繰り返す藤助兄さんと同じように、見つめる先の円らな瞳も兄さんの真似でもしているみたいに、ぱちぱちと何度も漆黒色の眼を開け閉めさせる。


 突然目の前に現れた茶色の毛玉に、藤助兄さんはきょとんと目を丸くさせたまま。まるで自分に言い聞かすように、

「これって、タヌキ――……?」

 ぽつりと口先で呟いた。

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