4.

 だって、卓球なんてそんなにしたことないんだもん。菊ってば、少しくらい手加減してくれても良いじゃない。


 それに、桜文兄さんも卓球はあまり得意じゃないみたい。力が入り過ぎちゃうみたいで、アウトが多くて。私と桜文兄さんは、菊と芒ペアにすっかり翻弄されられる。


 あっという間に点を取られちゃって……。


「スマーッシュッ!!」

というかけ声とともに、渾身の一球が見事に決まった。芒はぴょんぴょんとその場で高く跳ねてみせる。


「わーい。やった、勝ったー!」


 あーあ、負けちゃった。悔しいけど惨敗だ。


 こうなったら梅吉兄さん達の対戦相手である、藤助兄さん・菖蒲兄さんペアに勝ってもらうしかない。


 そう思っていると、芒が私の顔をのぞき込んで、

「牡丹お姉ちゃん、どうしたの? 疲れちゃった?」


「疲れったっていうか……」


「お菓子あげるから元気出して。僕、部屋から取って来るね」


 そう言うと芒は、とたとたと一人卓球ルームから出て行った。


 私はその小さな背中を見送ると、藤助兄さん達を必死に応援する。


 だけど、その甲斐もむなしく……。


「よっしゃー! 決まったぜ」


 スパーン! と梅吉兄さんの放った一撃が台の端スレスレに入った。そ、そんな……。梅吉兄さん達が勝っちゃった。


 梅吉兄さんと道松兄さん、仲悪い癖に、こういう時ばかり息が合うんだから。やんなっちゃう!


「さてと。そんじゃあ、俺達と菊・芒ペアで決勝戦か……って、おい。芒はどこだ?」


 梅吉兄さんの言葉に私達も辺りを見回すけど、芒の姿はどこにもない。


 そう言えば芒、私のためにって、お菓子を取りに行ったきり、まだ戻って来てない。


 私は部屋に行ったけど、でも芒はいなかった。そのことを兄さん達に知らせると、みんなで手分けして旅館内を隅々まで探したけど……。


「どこにもいませんね。芒ってば、どこに行っちゃったんだろう……」


 部屋に集合した私達は、困惑顔を突き合わせた。


 どうしよう、私のせいだ……。


 そう思っていると藤助兄さんが小刻みに震え出し、

「たたりだ……、きっと幽霊のしわざだよ! 芒は幽霊に連れ去られちゃったんだ!」


「おい、おい。いくらなんでもそれはないだろう。だが、本当に芒はどこに行ったんだ?」


 誰もが首を傾げさせている中、ふと菖蒲兄さんが庭先の地面を指差して、

「この足跡、芒くんのものではないですか?」

と言った。


「あっ、本当だ。こんな所に足跡が。この大きさは、きっと芒だ!」


「この足跡、柵の向こうに続いてるぞ」


「ってことは、芒は山の中に入って行ったのか……?」


 地面から顔を上げ、鬱蒼と茂っている木々の向こうを見渡すけど、芒の姿は確認できない。


「旅館の中にはいなかったんだ、そう考えるのが自然だろう。

 よし、それじゃあ探しに行くぞ。牡丹は留守番な。芒が戻って来るかもしれないから、そしたら連絡してくれ」


 分かったと私は返事したけど、ちょっと待って。兄さん達はみんな芒を探しに行っちゃうんだよね? となると、私一人で部屋にいることになるんだよね。別に幽霊なんて信じてないけど、信じてないけどさ……。


 結局、留守番は道松兄さんに代わってもらって、私も芒捜索に加わる。


 兄さん達の後に続いて柵を越え、山の中に入ると途中で二手に分かれるけど、一向に芒は見つからない。私達は、どんどん山奥へと入って行く。


 芒ってば、どうしてこんな山の中に入ったんだろう。藤助兄さんの言う通り、もしかして例の幽霊が関わってるの……?


 とにかく早く芒を見つけなきゃ!


 私は一層と注意深く目を光らせていると、不意に後ろの方からガサゴソと茂みを揺らす音が聞こえてきた。


 もしかして、芒かな?


 私は期待に胸を膨らませて音のした方に近付いて行く。だけどその先で待ち受けていたのは、残念ながらお目当ての人物とは程遠い存在で――……。


 鋭い光を宿した瞳と目が合うと、私の全神経はぴたりと停止した。

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