3.

 せっかくの家族旅行も部屋の事情のせいで、すっかり一変。なんだか波乱の空気が流れている中、それでも私は宿自慢の温泉に浸かる。


 たとえ幽霊の出る旅館でも、広いお風呂は快適で。特に露天風呂は景観も良くて、とっても気持ち良い……!


 組んだ両手を天に向かって上げ、ぐっと背筋を伸ばしていると仕切りの向こうから、

「ぼたーん、寂しくないかー?」

と梅吉兄さんの声が飛んできた。


「寂しかったら男湯の方に来てもいいんだぞー」


 もう、梅吉兄さんってば……。相変わらずなんだから、恥ずかしいな。私以外、人がいなくて良かったよ。


 一人でお湯に浸かるのはちょっぴり寂しいけど、でも、仕切りの向こうに兄さん達がいると思うと、ね。だからかな、つい長居しちゃった。


 私は急いで体を拭いて濡れた髪を乾かすと風呂場を後にする。すると入り口付近で兄さん達が待ってくれていた。


 だけど、

「なあ、藤助。いい加減、機嫌直せよー」

 ただならないオーラが放たれている背中に、梅吉兄さんは声をかけていた。


 けれど藤助兄さんの表情は、良くなる所か悪化する一方で、

「梅吉のバカ! 牡丹や芒だっているのに、あんな部屋を選ぶなんて」

と、まだ部屋のことで怒っていた。


「だって、あまりの安さについ。それにスリルがあっておもしろいかなーなんて」


「ただの家族旅行にそんなスリル求めないでよ!」


「信じられない!」藤助兄さんはますます顔を真っ赤に染め、一際強く言い放つ。


 藤助兄さんの機嫌、まだ直ってないんだ。梅吉兄さんには困ったものだ。


 その上、兄さんは、

「それより卓球しようぜ、卓球! 旅館といえば卓球だろう」

 だって。本当に反省してるのかな?


 だけど卓球か、楽しそう。お母さんと旅館に泊まった時も卓球をして遊んだっけ。


「この人数だからダブルスにするか。という訳で、牡丹は俺とペアな」


 そう言って梅吉兄さんは私に抱き着いてくるけど、

「おい。なんで勝手に決めてんだよ」

と道松兄さんが私から梅吉兄さんを引きはがしてくれながら言う。


「なんだよ、別に良いだろう。あっ。もしかして、お兄ちゃんも牡丹とペア組みたかったのか? なんだ、そうなんだー。素直に言えばいいのにー。でも残念だなあ。牡丹は俺とペアって決まっちまったからさ」


「そんなんじゃねえよ! だから、なんでお前が仕切るんだって言ってるんだ」


「お兄ちゃんってば、相変わらずツンデレだなあ」


「人の話を聞け、このバカッ!」


 あーあ。また道松兄さんと梅吉兄さんのケンカが始まっちゃった。


 あきれていると、またまた、やっぱり、

「もう、公平にくじ引きにしなよ!」

と藤助兄さんが二人の間に割り込んだ。


 こうして藤助兄さんの提案に従って、くじ引き代わりの割り箸をみんなで引いていく。


 すると。


「げえーっ!? なんで俺が道松とペアなんだよー!」


「それはこっちのセリフだ!」


 なんだかなあ……。またケンカを始める兄さん達をお約束通り藤助兄さんが止めに入る。


 ちなみに私のペアはと言うと、

「牡丹ちゃん、よろしくね」


「はい。こちらこそ」


 桜文兄さんだ。


「ずるいぞ、桜文。俺が牡丹とペアを組むはずだったんだぞ。

 あーあ。道松とペアなんてつまんねーの」


 梅吉兄さんは、つんと唇をとがらせる。


 だけど、すぐに、

「あっ、そうだ!」

と声を上げ、

「なあ、なあ。どうせなら景品を懸けようぜ」

と提案してきた。


 その方が盛り上がるだろうと続ける兄さん。確かにそうかも。景品って、お菓子とかかな。


 みんなが納得していると、

「そんじゃあ、優勝したチームが牡丹を真ん中に添い寝できることにしよう」


 うん、うん。とっても良い景品だね……って。


「ちょっと、梅吉兄さんってば! そんなこと勝手に決めないでくださいよ!!」


「なんだよー。いいじゃん、減るもんじゃないんだから」


 そういう問題じゃない!


 それに、私が優勝したらどうするの? 私にはメリット所か、デメリットしかないんだけど。


 私が一人異議を唱え続けると、

「しょうがねえなあ。そんじゃあ、優勝したチームが何か一つ命令できること。これなら良いだろう?」


 なんだかまだ腑に落ちないけど、でも、さっきの景品よりは、ね。だけど梅吉兄さん達が優勝しちゃったら、結局添い寝させられそう。とにかく梅吉兄さん達には勝たないと……!


 なんだけど……。


「きゃっ……!?」


 私の顔の横を一筋の突風が吹き抜けた。ネットを隔てた先にいる菊は、

「ヘタクソ」

と私に向かって言い放つ。

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