2.

 だけど道松兄さんみたいに、今更後悔しても後の祭りで。私は半ば呆れ気味に、

「あの、梅吉兄さん。具体的にはどういう霊なんですか?」

と訊ねた。


「それが、なんでも恋人に裏切られた女の霊とかで。男を恨みながらこの山中で自害したけど成仏できなくて、近くのこの旅館に居着いちゃったらしいんだよ」


 それで夜中になると急に不審な音が鳴り出して、部屋の明かりを点けると、部屋の襖がほんの少しだけ開いていて。荷物がぐちゃぐちゃになっていたり、物の位置が変わっていたりと部屋中荒らされているんだと梅吉兄さんは怪談を語る。


「ほら、ほら、ほら! それっぽい話まであるんじゃないか。出るよ、絶対に出るよ!」


「うーん、確かにそれっぽいけど……。でも、それって幽霊に見せかけた、ただの盗難事件じゃないんですか?」


「それが金品は盗まれていないらしいんだよ。しかも人間が侵入した痕跡も残ってないんだと」


「やっぱり怪しいよ、こんな部屋! 宿の人にお願いして部屋を変えてもらおうよ」


「それは無理だと思うけどな。予約した時、この部屋以外は満室だったし」


「よく見たら……、いや、見なくても。この部屋、至る所にお札が貼ってありますね」


「部屋の四隅に盛り塩も置かれてるぞ」


 私と道松兄さんが部屋の中を見回している傍ら、

「もう嫌だよ、こんな部屋っ! 梅吉のバカ、バカ、バカっ!!」

 藤助兄さんはわんわんと声を上げながら、梅吉兄さんの首元をつかむと、ぶんぶんと激しく上下に振り回す。


 すると梅吉兄さんの懐から、ぼとりと何かが落っこちた。


「梅吉兄さん……。なんで自分だけ数珠なんて持ってるんですか、ずるいですよ!」


 私は非難するけど、やっぱり梅吉兄さんは、けろりとした顔のままだ。


「幽霊は怖くないけど、たたられるのは嫌だもん。まあ、男じゃなくて女の霊なだけマシだけどな。

 取り敢えず一同、落ち着きたまえ。ちゃんと対策はしてあるからさ」


「対策ですか?」


「ああ。頼むぞ、菖蒲」


 そう梅吉兄さんから紹介されると、菖蒲兄さんは一歩前に進み出る。


 菖蒲兄さんは、その場の視線を一身に集める。


「えっ、菖蒲兄さんって霊に詳しかったんですか?」


「いえ、兄さんに頼まれて独学で学んだだけなので、にわか者に過ぎません。ですが、いかなる事態が起きても対処できるよう専門書も何冊か持って来たので、どうにかできるとは思います。

 それでは、まずは霊の侵入を防ぎましょう」


 菖蒲兄さんはカバンをあさって中から何やら取り出すと、みんなの前に掲げて見せる。


 それを目に入れた瞬間、私達はそろって目を点にさせた。


「それって、もしかしてファ⚫️リーズ……?」


「はい。基本的に幽霊は湿気が多くて異臭のする、不衛生な場所を好むと言われています。なので清潔な環境を保つことで霊の侵入を防ぎます。

 また古代アステカ神話にはセンテオトルというトウモロコシの神がおり、ファ⚫️リーズにはトウモロコシ成分が多く含まれているので、その神が宿っていると言われていて。トウモロコシの成分であるシクロデキストリンの分子構造も六芒星のような形で魔法陣に似ていることから除霊の万能アイテムとされています」


「なんかそれっぽい解説をされても……」


 こんなんで本当に霊を退治できるの?


 私と同じように誰もが疑いの顔を突き合わせている中、だけど藤助兄さんは一人だけ、

「菖蒲、貸して!」


 半ば奪い取るみたいに菖蒲兄さんの手から拝借すると、藤助兄さんは必死の形相で部屋の隅々までファ⚫️リーズを吹きかけ出す。


 その側で、

「塩もまいておきますか」

と菖蒲兄さんは冷静に塩をまき出す。


 私はこれまた一波乱ありそうだと。せっかくの家族旅行くらい、何も起こらないといいけどと。


 無駄だろうなと思いながらも一応神様に祈っておいた。

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