5.
まさか兄さん達が、ここまでなーんにもできないなんて。思ってもいなかったよ。
兄さん達ってば声をそろえて、
「だって、家のことは全部藤助がやってたから」
だってさ。
確かに藤助兄さんってば、家のこと、全部一人でやってたんだよね。尊敬しちゃう。
だって私は、今日一日で、すっかりくたくただもん。使い古された雑巾の気分だ。
それでもどうにか家の中の掃除が終わって、あとは夕食作りだけだけど。
「牡丹、俺、肉じゃが食べたーい!」
「何を言ってるんだ、ビーフシチューだろう」
「どっちも却下です!」
梅吉兄さんが、「えー!?」と一際大きな声で不平を言うけど、こういう時は、やっぱり、
「今夜はカレーです!」
私はきっぱりと言い返す。
だけどカレーといっても、トマトチキンカレーだけどね。
トマト缶を三分の一くらいまで煮詰めないといけないから、今の内から火にかけて……と。それからチキンストックも取らないと。今日は時間がないから鶏肉と白胡椒だけを煮込んだものを使うことにするけど、これだけでも十分出汁が取れるんだ。
さて。トマト缶と鶏肉を煮てる間に、具となる野菜を切らなくちゃ。
とはいえ七人分のカレーを作るとなると、やっぱり大変だ。だってその分、たくさん具材を切らないといけないんだもん。
私は目の前に用意した野菜の山に、ついめげそうになったけど……。それでも気合を入れ直すと、ひたすら皮をむいては食べやすい大きさに切っていく。
こうして野菜を切り始めてから数十分が経過するけど、でも、野菜の山はちっとも減らない。こんな調子で、いつ完成するんだろう……。考えるだけで、げんなりだ。
だけど、やるしかない。野菜の山に向き直った私の隣に、ふと、すっ……と人影が現れた。
え……?
「菊、手伝ってくれるの……?」
菊は、ちらりと私を見て、
「そんなちんたら作られたら、いつまで経っても食べれないだろう」
むっかーっ!!
なによ、少し感心したのに……!
けれど菊は、するすると器用にジャガイモの皮をむいていく。もしかして私よりうまいかも……? ちょっと悔しい。
負けるもんかと私も引き続きジャガイモの皮をむいていると、
「あー!」
とキッチンにやって来た梅吉兄さんが声を上げた。
「菊のやつ、抜け駆けして点数稼ぎしてるぞ」
「はあ? 点数稼ぎってなんだよ」
「点数稼ぎは、点数稼ぎだろう。牡丹に気に入られようとして。
牡丹、俺も手伝う! 菊だけに良い顔なんかさせられないからな」
「牡丹ちゃん、俺も手伝おうか?」
梅吉兄さんに桜文兄さん、それから菖蒲兄さんに芒も名乗りを上げてくれた。
道松兄さんは……、
「お前はおとなしくしてろ」
全員一致で、テレビを見ていてもらうことになった。
兄さん達が手伝ってくれたおかげで、野菜の山はすっかり消えた。これで下準備は終了だ。
鍋にすりおろしたショウガとニンニクを入れ、一、二分炒めたら玉ネギを加えて透明になるまで炒めるの。……うん、このくらいでいいかな。
次はジャガイモ、ニンジンを入れて。それから煮詰めておいたトマト缶の中身とチキンストックも。
ひよこ豆に、出汁を取る時に使った鶏肉を炒めておいたものも加えて……。
「あっ、そうだ。芒は甘口の方が良い?」
それならルーを入れる前に分けないと。
そう思って芒に訊いていると、
「あの」
と背後から声がかかった。振り向くと、ばつの悪い顔をした菖蒲兄さんがいた。
「牡丹さん、その、僕も……」
「僕も? えっ、菖蒲兄さんも甘口ですか?」
菖蒲兄さんは薄らと頬を赤く染め、
「辛い味付けは苦手なんです」
と言った。
へえ、意外。菖蒲兄さん、辛いの苦手なんだ。ちょっとかわいい。
私は心の中でそう思いながら鍋の中身を取り分けた。
「最後にルーを入れて、弱火でまた少し煮込んだら……、トマトチキンカレーのできあがり!」
七人分作るのは時間もかかって、とっても大変だったけど。でも、みんなでこんな風に料理するのは楽しかった。
藤助兄さんってば、本当にすごい。だって、こんな生活が毎日だなんて。
「にしても、牡丹って料理できたんだな」
食卓についたみんなは、私のことを褒めてくれる。それは、うれしいんだけど……。
「このくらいできて普通です。兄さん達ができなさ過ぎなだけです」
本当、全部藤助兄さん一人に任せて。兄さんがいない時は、どうしていたんだろう。
そう思う傍ら、私にはもう一仕事残ってる。
私はさっさと食べ終えると、もう一度、キッチンに立った。
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