4.

「今度は何!?」


 私は急いで音のした方へ駆けて行く。その先は脱衣所で、扉を開けると、

「なっ、なっ……、何これ……!??」

 室内中の床一面が水浸しになっていた。その上、もこもこと大量の泡まで立っている。


「うげえー。なんだよ、洗濯機、壊れたのか? まあ、長年使ってるからな」


 ひょうひょうとした声の方を、私はキッと振り返る。


「梅吉兄さん、何をしたんですか!?」


「何って、普通に洗濯しただけだよ」


 梅吉兄さんは悪びれる様子もなく、けろりと言う。


 普通って……。普通にしてたら、こんな風にはならないよ!


「兄さん、一度に洗濯物を入れ過ぎです。しかも洗剤もたくさん入れたでしょう!?」


「たくさん入れた方が汚れもちゃんと落ちるだろう?」


「入れればいいってものじゃありません! 何事にも適量があるんです。多過ぎると洗剤が濯ぎ取れなくなっちゃうんです!」


 梅吉兄さんは、そうなんだと、まるで他人事だ。私は兄さんと一緒に水浸しになった床を片付ける。


 あーあ、また余計な仕事が増えちゃった。こんな調子で今日中に片付くかなあ。


 そう不安に感じる一方で、どうにか脱衣所の片付けと皿洗いが終わって。まだ掃除が残っていたけど、私は一度リビングで一休みすることにした。


 お茶を飲んで疲れた体を癒していると、外側から扉が開いた。その隙間からビニル袋を持った道松兄さんが入って来た。


「あれ、道松兄さん。その袋は一体……」


「何って、夕飯の材料に決まってるだろう」


 そうだった。夕食作りは道松兄さんが担当だったっけ。


「何を作るんですか?」


「ビーフシチューだ」


「へえ、ビーフシチューですか」


 とってもおいしそう!


 道松兄さんは私の頭にぽんと手を乗せて、

「楽しみにしてろよ」

と言った。


 へへっ。夕食がビーフシチューなら掃除もがんばれるよ。


 もう少し休んだら再開しようと思っていると、ふとキッチンの方から妙な匂いが漂ってきた。これは、お酒……、アルコールの匂い?


 不審に思ってひょいとキッチンをのぞくと、道松兄さんが手に持っていたビンの中身をどばどばと鍋の中に入れていた。


「ちょっと、道松兄さん!? その手に持っているのって……!」


「ああ? なんだよ。赤ワインだが、どうかしたのか?」


「『どうかしたのか?』じゃないですよ。なんでそんなもの入れてるんですか!? ビーフシチューを作ってるんですよね?」


「なんでって、入れた方がおいしくなるからに決まってるだろう。隠し味には赤ワインだ」


「だからって、いくらなんでも入れ過ぎです! それに、そんなに入れたら隠し味には……」


「なりませんよ」そう私が言い切る前に、突如道松兄さんの背後から、ぼおっ……! と勢い良く火柱が上がった。その出所は鍋からで、火は天高くへと上がり続ける。


「ぎゃーっ!?? 火が、火がーっ!!

 早く消さないと、家が燃えちゃうーっ!」


「消火器だ、消火器! 早く消火器を持って来い!!」


 数分後、どうにか鎮火できたけど――……。


「まさか人生で消火器を使うことになるなんて……」


 思ってもいなかったな。


 消火器の使い方がよく分からなくて結局、菖蒲兄さんが消火してくれた。


 消火器の使い方、ちゃんと覚えておくんだった。避難訓練って本当に大事だと、今度からもっと真剣に取り組もうと、私は身をもって思い知らされる。


「道松兄さんも不器用だったなんて……」


「何を今更。道松こそ、ドが付くほどの不器用だぞ。蝶々結びすらできないくらいだ。爪だって自分で切れなくて、いつもこっそり藤助に切ってもらっているしな」


「へえ、そうだったんですか」


 全然知らなかったなあ。ていうか、梅吉兄さん、そういうことは先に言ってほしかったよ。


「ったく、道松のやつ、なーにが『楽しみにしてろよ』だよ。その自信は一体どこからくるんだか……」


「なんだとーっ!? お前だって洗濯失敗したくせに!」


「ああっ、もう! ケンカしないでくださいよっ!!」


 結局、またまたまた仕事が増えちゃった。キッチンは見るに見兼ねた菖蒲兄さんも一緒に片付けてくれたけど、夕食は私が作ることになっちゃった。

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