第7戦:四男とカレーと卵粥な件について

1.

 ピピピ……と室内に響き渡った電子音によって、私の意識は呼び起こされる。私は目覚まし時計のアラームを止めると上半身を起こし上げ、両手を組むと、ぐっと天に向かって伸ばした。気持ち良い……!


「おはよう、お母さん」


 良い一日になると良いな。そう思いながら私は写真の中のお母さんにあいさつをした。


 さてと、早く支度をしないと。学校に遅刻しちゃう。


 私は素早く制服に着替えると、洗面所で顔を洗って髪を梳かす。よし、寝癖もない、身支度が整った。あとは朝ご飯を食べるだけ。


 その足でリビングへと向かうけど、扉を開けようとしたその手前、

「ぼーたーんっ!」


「きゃあっ!?」


 び、びっくりしたあ……。振り向くと梅吉兄さんが私にまとわりついていた。


 兄さんってば、いきなり抱き着いてくるなんて心臓に悪い。


「梅吉兄さん、朝からなんですか」


「なんだよ。かわいい妹に抱き着いたらダメなのかよ」


「ダメっていうか……」


「だって、女の子達の代わりに牡丹が慰めてくれるんだろう?」


 私は思わず返事に詰まる。確かに女の子と遊ぶのはやめるように言ったけど、でも、そこまでは言ってない。梅吉兄さんってば、本当に調子良いんだから。


「ていうか兄さん、部活の朝練はいいんですか?」


「今日は休みだもーん。だから牡丹、一緒に学校行こう」


 まあ、学校に行くくらいなら……。


 そう思って返事をしようとしたけど、その前に、べしん! と鈍い音が鳴った。梅吉兄さんの口から「いてっ!」と短い悲鳴がもれる。


 振り向くと、丸めた雑誌を持った道松兄さんが立っていた。


「おい、何してるんだ」


「何って、かわいい妹とスキンシップ中だ。それよりお前こそ俺の頭を叩いただろう」


「邪魔だからだ、さっさとどけ!」


 そう言うと道松兄さんは、べりりと私に引っ付いていた梅吉兄さんを引きはがしてくれた。


 だけど梅吉兄さんは、じとりと道松兄さんを見つめた。


「なんだよー。道松も牡丹のこと抱き締めたいなら素直にそう言えよ。ほら、特別に少しなら貸してやるよ」


「なっ……、お前みたいな年中発情期野郎と一緒にするな! 大体、牡丹はお前の物じゃないだろう!」


「はあ? 俺は純粋にかわいい妹を愛でてるだけですー。そう言う道松の方こそ、牡丹のこと、変な目で見てるんじゃないか? ああ、やらしい、やらしい」


「なんだとーっ!? それはお前だろう!」


「ああっ、もう! 二人ともケンカしないでください!」


 おまけに私を間に挟まないでほしい。


 梅吉兄さんは女遊びはやめると心を入れ替えたみたいで、それは良いことだとは思うけど。でも、なんだか厄介なことになった気がする……。私の口から自然とため息がもれた。


 いつまでも収まりそうにない二人の言い争いにすっかり手を焼いていると、

「ちょっと、二人とも。いい加減にしなよ!」


 きっとリビングの中まで聞こえてたんだと思う。エプロン姿の藤助兄さんが来てくれた。


「道松も梅吉も早くご飯食べちゃってよね、片付けできないじゃん。それともいらないの?」


 藤助兄さんが伝家の宝刀を抜くと、二人はぴたりとおとなしくなり、素直にリビングへと入って行った。天正家のおきて――、ご飯を食べたくば藤助兄さんに逆らうべからず、だ。


 さすが藤助兄さん、お見事。あの二人を簡単に黙らせちゃうなんて。


 藤助兄さんは、にこりと笑い、

「ほら、牡丹も早くご飯食べちゃいな」

そう言った。


 私は二つ返事で藤助兄さんの後に続いて、香ばしい匂いで満ちている食卓に着いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る