2.

 部活も終わって、その帰り道。偶然、道松兄さんと梅吉兄さんの二人に出会して。朝方の続きと言えば良いのかな。兄さん達は顔を見合わせると、やっぱりケンカを始めた。


「俺が牡丹と帰ってたんだぞ! ジャマするなよ」


「お前こそ牡丹が嫌がってるだろ、くっ付くな! それにバカが移ったらどうするんだ!」


 ああ、もう。うるさいなあ。家に着いても二人のケンカは終わらない。せめて私を間に挟まないでほしいよ。


 いつになったら止まるんだろうと淡い期待を抱きながらもリビングに入ると、カタカタと聞き慣れない音がしていた。音の出所は藤助兄さんだ。兄さんがミシンを使って、何やら縫っていた。


「おかえり、牡丹。あれ、梅吉と道松も一緒なんだ。めずらしいね。

 さてと。みんな帰って来たし、ご飯にするね。ほら、道松も梅吉もいつまでもケンカを続けるなら夕飯抜きにするよ」


 藤助兄さんは、やっぱり容赦なく二人に言い放つ。それからミシンを動かしていた手を止めると立ち上がり、キッチンに入ってお鍋を温め直した。


 私も兄さんに続いてキッチンに入り、炊き上がったばかりの白米をお茶碗によそっていく。


「藤助兄さん、何を作っているんですか?」


「芒の衣装だよ。今度、小学校の学芸会で演劇発表があるから」


 へえ、そうなんだ。兄さんがその衣装を作るんだ。


 藤助兄さんって、本当に手先が器用だな。お料理もお裁縫も何でもできちゃうんだもん。


 テーブルに次々と料理が並んでいき、みんなもそろってイスに座って、準備が整った矢先。プルル……と着信音が鳴った。芒がひょいとイスから立ち上がって電話を取る。


 数回の受け答えの後、

「藤助お兄ちゃん、おじいちゃんから電話だよ」


「えっ、天羽さんから!?」


 藤助兄さんは天羽さんの名前を聞いた途端、慌ただしい態度で芒から受話器を受け取ると、すぐに耳にあてがえた。


 藤助兄さん、なんだかうれしそう。


 それにしても天羽さん、か。天羽さんとは、この家に来てからまだ一度も会えてないんだよね。


 兄さん達の話によると、天羽さんはお仕事で出張することが多くて、今もニューヨークにいるんだって。


 電話を終えた藤助兄さんが食卓に戻って来て、ようやくいただきますのあいさつができた。


 梅吉兄さんは箸を片手に、

「藤助、じいさん、何だって?」

と訊ねる。


「みんな元気にしてるかだってさ」


 その返答に梅吉兄さんは、「そっか」と簡単に答える。


 梅吉兄さん達は、天羽さんのことをじいさんなんて呼んでいるけど、でも、そんな見た目じゃないんだよね。詳しい年齢は聞いたことないけど、三十代半ばくらいだと思う。前にどうして天羽さんのことをじいさんなんて呼ぶのか訊いたことがあるけど、

「じいさんは、じいさんだろう?」

って適当に流されちゃったんだよね。


 天羽さんには訊きたいことが……、お父さんのことを教えてもらいたいけど、でも、そんな理由からまだ訊けずにいる。お父さんのことを知っているのは、唯一天羽さんだけなんだもの。早く帰って来てくれないかな。


 そんなことを思いながら私は晩ご飯を食べたけど。お父さんのことを思い出したら、なんだかもやもやしてきて。結局、寝る時間になっても、なかなか寝付けなかった。


 水でも飲もう。


 私は部屋を出ると薄暗い廊下を通って階段を降りていった。そのままリビングに入ろうとしたけど、部屋の明かりが点いていた。


 消し忘れかな。部屋の中に入ると、

「あれ。藤助兄さん、まだ起きてたんですか?」

 藤助兄さんの姿が見えた。「ちょっとね」と言う兄さんの目前――、テーブルの上には布やら裁縫道具やらが広げられていた。兄さん、芒の衣装作り、まだしてたんだ。


「牡丹こそ、どうしたの?」


「私は、のどが渇いてしまって……」


 すると兄さんは立ち上がり、キッチンに入って、グラスに水を注いだものを持ってきてくれた。私は兄さんの向かい側に座って、それをゆっくりと飲んでいった。


 グラスの中身が空になり、私は立ち上がるけど。


「兄さん、まだ寝ないんですか?」


「うん、もう少しだけ。牡丹は早く寝なよ、明日も学校なんだから」


「おやすみ」という兄さんに見送られて、私は一人そっと部屋を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る