7.

 昨日の夜、夕飯の後に、自分の部屋でこっそり食べた駒重さんのカップケーキは、とってもおいしかった。梅吉兄さんがおいしいって、そう言っていたのがよく分かった。


 だけど、それと同時に駒重さんの話通り、兄さんはきっと――……。


 知ってしまった真実を私はどう処理したら良いのか分からず、次の日になっても、結局そのままにしていた。カップケーキみたいに食べられたら良かったのに。口からは自然とため息が出てくる。


 すると向かい側に座っていた美竹が箸を止めて、

「牡丹ってば、どうしたの? ぼーっとして。食欲がないならアタシが代わりに牡丹のお弁当を食べてあげるよ」

 美竹は返事をする前に、勝手に私のお弁当へと箸を伸ばす。


「あーっ!? 卵焼きだけはダメーっ!!」


 もう、美竹ってば! 油断も隙もないんだから。誰もいらないなんて一言も言ってないじゃない。


 いくら悩んでても食欲はあるんだから。私は美竹に食べられない内にと箸を動かし出す。


 だけど、ふと教室の一角から歓声が上がった。音の方へ顔を向けると、中心にいたのは栞告で、

「梅吉先輩、急に予定が空いたから、今日の放課後、デートしてくれることになったの!」


 栞告、とってもうれしそう。だけど、でも。


 やっぱり……。やっぱりこんなのおかしいよ……!


 放課後になって剣道場へと向かっていた私だけど、気付けば来た道を引き返し、校舎を飛び出していた。


 梅吉兄さんの気持ち、全く分からない訳じゃない。少しは分かるの。


 兄さん、本当は怖いんだ。


 裏切られるくらいなら、それで傷付くくらいなら、初めから誰のことも好きにならなきゃいい。だから私は誰のことも好きにならない。一人で生きていこうって決めたんだもん。


 兄さんも私と同じだ。だけど、だからって人の気持ちをもて遊ぶのは、やっぱり間違ってる。


 私、兄さんに、お父さんと同じことをしてもらいたくない――。


 私はがむしゃらに、間に合えと願いながら走り続けた。


 公園が見え園内に入ると、良かった、栞告はまだ来てないみたい。梅吉兄さんの姿だけが見えた。


 私は乱れている息をそのままに、ベンチに腰かけている兄さんの元へ駆け寄り、

「梅吉兄さん!」

 そう叫ぶと、

「もうやめましょうよ、こんなこと」必死に訴えた。


 だけど兄さんは気怠そうな顔で私を見つめ、

「あのよう、牡丹、何度も言ってるけどさ。俺達は合意の上でしてるんだ」


 だから俺には構うなとか、お前には関係ないだろうとか。兄さんは、そんなことを言っていたと思う。なんで仮定系かと言えば、この時の兄さんの態度に腹が立ち、私の沸点は一気に突破したからだ。


 気付けば私は右手を大きく振り上げていて、パンッ――! と乾いた音がその場に強く響き渡った。


 その余韻に浸る暇もなく、

「本当は……、本当は、本気で人と向き合う勇気がないからでしょう! 本気で人を好きになるのが怖いからでしょう! 人に好きになってもらえる自信がないからでしょう! 兄さんの……、兄さんの臆病者!」

 私はそれだけ言うと、その場から走り出した。


 兄さんなんて、もう知らない! その内、誰かからすっごく恨まれて、包丁なんかで刺されちゃっても知らないんだからっ……!


 私は一度も振り返ることなく、またしても全力疾走で家目指して走り続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る