6.

 全く、梅吉兄さんってば!


 ほんっとーに私のこと、バカにしてる。何がキスしてくれたら女遊びをやめてやる、よ。やめる気なんて全然ないんじゃないっ……!!


 一日経っても私の怒りは収まらない。隣を歩く美竹は、

「牡丹ってば、まだ怒ってるの? もう放課後なのに」

 しつこい性格してるよね、とあきれた顔で後を続ける。


「だって……」


「梅吉先輩はああいう性格なんだから適当に流しなよ」


 美竹はそう言うけど、でも、私は……。菊にも同じことを言われたけど、やっぱりなんだか兄さんのことを放っておけなくて。菊の言う通り、お節介なのは分かってはいるんだけどね。


 そんなことを考えていると、いつの間にか昇降口に差しかかり、美竹とはそこで別れ、私は部活のため一人剣道場へと向かった。


 だけどその途中、

「牡丹ちゃん」

と不意に私を呼ぶ声がした。一体どこから……。きょろきょろと辺りを見回すと草陰に、

「わっ、駒重さんっ!?」

 なぜか駒重さんがいた。


「どうしたんですか?」


 また忍び込んだんですかと訊ねると、駒重さんは、ばつの悪い顔をした。


「あはは、ちょっとね。

 ねえ、牡丹ちゃん。今、時間大丈夫?」


「えっ? ええ、まあ。部活前なので少しなら」


「そっか、それなら良かった。

 今日は牡丹ちゃんに謝りに来たの。散々迷惑をかけちゃったから」


 駒重さんはカバンをあさり、

「これ、おわびの印。良かったら食べて」

 カバンの中から出てきたのは、手作りのカップケーキだ。私はお礼を言って受け取った。


「所で、駒重さんはこのためだけに来たんですか?」


 すると駒重さんは薄らと笑った。


「それもあるけど、本当は梅吉に会いに来たの。でも、いざとなったら急に怖くなっちゃって。それに、ほら、あの口うるさい……、ええと、なんて名前だっけ?」


「穂北先輩ですか?」


「そう、そう! そいつに見つかったら、またとやかく言われそうだしさ。

 ……なんて、ただの言い訳よね。あははっ、自分でも分かってるの。でも、今は距離を置いた方がいいかなって。ほら、アタシって、ちょっとだけど興奮しちゃう所があるじゃない?」


「はい、そうですね……」


 あれは、“ちょっと”という尺度で済むとは思えないけど……。だけど私は口に出すような野暮なことはしないで、代わりに駒重さんからそっと視線を逸らした。


「そのカップケーキ、梅吉がいつもおいしいって食べてくれてたの。だから味の保証はするわ。

 けど、アイツって好き嫌いがないじゃない。結局は何でもそう言って食べちゃって。だから特別じゃないって分かってるんだけど、どうしてかな。やっぱり単純だけどうれしいのよね」


 そう言って、小さくはにかむ駒重さん。確かに梅吉兄さんは、好き嫌いがない気がする。ご飯もいつも残さず全部食べてるしね。


 私は、じっと手の中のカップケーキを見つめ、

「あの。このカップケーキ、私がもらっても良いんですか? 本当は兄さんに……」


「ああ。いいの、いいの。牡丹ちゃんには元々あげるつもりで別に作ってたから。

 ……っと、もうこんな時間か。さてと、そろそろ帰るね。ごめんね、時間取らせちゃって」


「いえ、それは構いませんが、本当に兄さんに会わなくていいんですか? 一人で行き辛いなら一緒に行きましょうか」


「ううん、大丈夫よ。気持ちだけ受け取っておくわ、ありがとう。牡丹ちゃんって優しいのね」


「いえ。別に私は……」


「もう、牡丹ちゃんってば。こういう時は素直に受け取っておけばいいのよ。

 でも、あのデートの日、梅吉が選んだ相手がもう一人の子じゃなくて牡丹ちゃんで、本当にほっとしたな。ほら、アイツって選べないじゃない? なのに、とうとう相手を見つけたのかなって」


「えっ。選べないって……」


 私が訊くと駒重さんは寂しそうな顔をして、

「梅吉は嫌いなものが少ない代わりに、好きなものも少ないのよ。分からないのよ、きっと好きって気持ちが。だからいろんな女の子と関係を持つんでしょう?」


 駒重さんはもう一度、「じゃあね」と囁くと静かにその場を後にした。


 私はそんな後ろ姿を、手にしたカップケーキを持て余したまま見えなくなるまで見送った。

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