5.

 昨日に引き続き、今日も梅吉兄さんのせいで無駄に疲れて。私は家に帰るなり、リビングでテレビを観ていた梅吉兄さんの元に詰め寄った。


 兄さんは私に気付くと顔を向け、

「おっ、牡丹。映画のDVDを借りてきたんだけど一緒に観るか?」


 おもしろいぞと続ける兄さん。なんて能天気な……。頭が痛くなってきた。


 私は頭を押さえながらも兄さんをじろりと捉え、

「兄さん、いい加減にした方が良いと思います!」

 きっぱりと言ってやった。


「はあ? いい加減にしろって、何がだよ?」


「だから無闇矢鱈に女の子と遊ぶのをですよ。今日の放課後だって駒重さんに追いかけ回されてたじゃないですか」


「なんで牡丹が知ってるんだ?」


「見かけたからです。その上、駒重さんは私のこと、兄さんの彼女だと勘違いしていて。誤解は解けましたが、今度は穂北先輩に怒られるし……」


「なんでそこで穂北の名前が出てくるんだよ? でもアイツ、おもしろいだろう? いやあ、アイツのでこっぱち具合を見ると、将来きっとハゲるよなあ、うん、うん」


「兄さんってば、真面目に聞いてくださいよ!」


 私は兄さんのことを叱りつけるけど、でも、やっぱり兄さんはどこ吹く風だ。


 だけど、今日こそは言ってやらないと! 私は気を引き締める。


「本当にやめた方が良いですよ、女の子と遊ぶの。兄さん、私のクラスの子にも手を出してますよね」


「手を出してるなんて失礼な言い方だなあ。牡丹のクラスって、ああ、栞告ちゃんのことか。

 そんなこと言われたって、栞告ちゃんの方から言ってきたんだぞ。『今度、デートしてください』って。顔を真っ赤にさせて、かわいかったなあ」


「もう、兄さんってば!」


「なんだよ。別に俺、牡丹に迷惑かけて……」


「ないだろう」兄さんはそう言うつもりだったんだろう。だけどその前に、

「ます!」

と私は強く言い放った。すると兄さんはめずらしくたじろいだのを私は見逃さず、

「駒重さんの時みたいに、また勘違いされるの嫌ですからね」

と追い討ちをかける。


 兄さんは一つ乾いた息を吐き出して、

「分かったよ」そう言ってくれた。


 その返答に、ほっと胸をなで下ろしたのも束の間。兄さんは、ぐいと私の方に顔を近付けて、

「牡丹がちゅーしてくれたら、やめてやるよ」


「はあ……?」


 なんでそういう話になるの……? 訳分かんない! 兄さん、私のこと、バカにしてる――っ!!


 私は、

「もう良いです!」

 くるりと兄さんに背を向けるとそのままリビングを飛び出し、怒り任せに扉を閉めた。


 兄さんってば、やめる気なんて全くないじゃない……!! 私はドスドスと階段を強く踏み締めながら上がって行く。


 最後の一段を上り終えると廊下に菊が立っていた。菊は私のことを鋭く見すえる。


「お前、カウンセラーにでもなるつもりか?」


「カウンセラー?」


 菊ってば、きっとリビングでの私と梅吉兄さんとのやり取りを聞いていたんだと思う。別にそういうつもりじゃ……。ただ兄さんにとっても良くないって、そう思うからで。


 だけど菊は、

「そういうの、余計なお世話、お節介っつうんだよ。何考えてんだか知らないが、放っておけよ」

 そう言い残すと私を置き去りに、自分の部屋に入って行った。


 確かに菊の言うことも分かる。だけど。


 理由、か。それは多分梅吉兄さんが、私の想像上のお父さんのイメージと近いから。顔も名前も全く分からないお父さんと重ねてしまっているからで、だから私は、私はきっと兄さんを……。


 言葉に出してしまえば、きっと楽になれたと思う。だけど、どうしてだかそれはしたくなかった。


 私はその場に突っ立ったまま代わりに下唇を噛み締め、拳をぎゅっと握り締めた。

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