2.

「はあっ、はっ、はあ……。つ、疲れた……」


 結局、公園の中をぐるぐると走り回り続け、私達はどうにか例の二人組から行方をくらませることに成功した。だけど、そのせいですっかり息が上がっていた。


 ぜいはあと荒い呼吸を繰り返す私とは裏腹、梅吉兄さんは余裕の表情で自販機でコーラを二本買うと、

「ははっ、悪い、悪い。おわびにおごるから。ほら、これで許してくれよな」

 その内の一本をひょいと私目がけて放り投げた。


「……っと。もう、梅吉兄さんは! それより本当にいいんですか?」


「いいって、何が?」


「だから、さっきの女の人達ですよ。すっごく怒ってたじゃないですか。それに二股なんて良くないと思います!」


 そんなの、まるでお父さんみたい……。


 なんて。思ったけど、私は声には出せなかった。代わりに缶に口を付け、ごくりとコーラと一緒に飲み込んだ。


 だけど。


「はあ、二股って?」


「二股は、二股です。兄さん、さっきの二人と付き合っているんですよね。しらばっくれる気ですか?」


 その上、栞告ともデートの約束をしてたなんて。ますます信じられない!


 思わずジロリと兄さんのことを睨み付けた。


 けれど兄さんは、ぽりぽりと頬をかき、

「しらばっくれるも何も、あの子達は彼女じゃないしなあ」


「へっ……?」


「だから二股ってさ、普通は二人の人間と同時に交際していることをいうだろう。だけど俺はあの二人とはそういう関係じゃないから、つまりは該当しない訳だ」


「そういう関係じゃないって……。あの二人、兄さんの彼女じゃないんですか?」


「ああ」


「だって俺、彼女は作らない主義だから」と、きょとんと目を丸くしてるだろう私を置き去りに、兄さんはさらりと後を続ける。


「ほら、俺って博愛主義っていうの? この世の女の子は俺のもの、俺も女の子みーんなのものってね。だから女の子とは平等に接するのが俺のポリシーだ。彼女なんて作って一人だけを特別扱いしたら、悲しむ子がどんなにいることか……。

 それに、この日本だけでも六千万人もの女がいるんだぜ。なのに、たった一人だけを選ぶなんて。そんなのもったいないじゃないか」


 とてもじゃないが俺には考えられないと、兄さんはけらけらと得意気に答える。


 そんな兄さんの独特な考えに、もちろん凡人の私は到底付いていける訳もなく……。げんなりとした面持ちで、ふさがらない口をそれでもどうにか動かした。


「あのう。そういうの、屁理屈って言いません?」


「なにを、失敬だなあ。大体、俺達はお互い合意の上でそういう関係を築いているんだ」


「本当ですか? あの二人ですが、とてもそんな風には見えませんでしたよ」


 これでもかというほど目を細めて、私は、じとりと兄さんに疑いの眼を差し向ける。


「ははっ、それはだなあ……。たまにいるんだよ、『私なら梅吉を変えられる!』……とか言って、いつの間にか彼女面し出しちゃう子が。つまり、さっきの二人がいい例だな」


「それって本当に合意してると言えるんですか? たとえ兄さんのいう、そのー……、彼女じゃないとしても。そうやって女の子と無闇に遊び回るのは、止めた方がいいんじゃないですか」


「はあ、なんで?」


「なんでって、だって、あまり良い感じがしないじゃないですか。彼女でもないのに、その、軽い気持ちでそういう真似事をしてるってことですよね。まさか兄さんがこんな女遊びしているなんて思っていませんでした」


「けどなあ。そんなこと言われても。俺は楽しいし、それに、何より大体の子は、それで納得してくれているしなあ」


 だから、そういう問題では……。


「ないと思います」私はそう言おうとしたけど、でも、どうせ口の達者な兄さんのことだ。 決して敵わないだろうとすぐに見極めると、わだかまりを感じつつもそっと口をつぐんだ。


 けれど。


 梅吉兄さんのこと、よく分からない。兄さんのしていることは、まるでお父さんと同じだ──……。


 前を歩き出す兄さんの背中に、私の胸は、きゅっと締めつけられた。

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