3.

 昨日一日考えてみたけど、でも、やっぱり梅吉兄さんの考えはよく分からない。いや、きっと一生理解できないだろうと私は一つ乾いた息を吐き出す。


 だけど栞告も本当にいいのかな。今日、栞告にそれとなりに兄さんのことを話したんだけど……。私が教えるまでもなく、栞告は知っていた。ううん、栞告だけじゃなく、みんな知ってる有名な話なんだって。


 でも、いくら兄さんのことが好きだからって、栞告ってば本当に良いのかな。だって自分以外の女の子と遊んでばかりいるんだよ? それでも許せるの? 好きでいられるの? それとも私の心が狭いのかな。


 ううん、嫌なものは、やっぱり嫌だよね。我慢することなんてないと思う。兄さんみたいな男のことなんて、さっさと忘れちゃえば良いのに。


 っと、いけない、いけない。今は部活中だった、集中しないと。


 私はぶんぶんと頭を左右に振ると、気を引き締めて素振りを続ける。


 だけどその矢先、叫び声のようなものが道場の外から聞こえて来た。


 なんだろう、私以外の部員にも聞こえたみたい。みんなして扉の方に行き、ひょいと外を眺めている。


 私も真似て顔を覗かせると、遠くの方に袴姿の梅吉兄さんが見えた。兄さんってば、何をしてるんだろう。袴を着てるってことは、部活中だよね。だけどランニング中でもなさそうだ。困惑顔をした兄さんは全力疾走していて、なんだか急いでいるみたい。


 そんな兄さんから遅れて、今度は他校の制服を着た女生徒の姿が目に入った。その女生徒は何やら喚きながら忙しなく首を左右に振っていたけど、私達の方に顔が向くと……。


「ああっ! アンタ、昨日の……!」


「えっ、昨日? ……って、ああっ!?」


 思い出した――と私が声を上げるよりも早く、女生徒は私に向かって突っ込んで来た。


 彼女は私へと詰め寄って、

「ちょっと、アンタもグルなんでしょう!? 梅吉をどこに隠したのよ、早く出しなさいよ!」


「私は知りませんよ、梅吉兄さんがどこにいるかなんて!」


「嘘を吐くんじゃないわよ! どうせアンタが兄さんを……って、ん……? 兄さん?」


「えっと、私、梅吉兄さんの妹で牡丹といいます」


「あら、やだ。妹だったの? てっきり梅吉の新しい女とばかり……」


 私が兄さんの妹だと分かると、彼女は、ころっと態度を急変させた。


 誤解は解けたけど、でも、兄さんに対する怒りが収まることはないようで。仕方がないので私はその女生徒――湯沢ゆざわ駒重こまえさんを弓道場へ案内する。兄さんは袴を着ていたから、必ず弓道場に戻ってくるだろうとの考えからだ。


 だけど。


「えっ。梅吉兄さん、もう帰っちゃったんですか?」


「ああ。天正なら先程こそこそと戻って来たかと思えば急用ができたとか言って、さっさと帰宅したが」

と弓道部の部長だという穂北ほきた先輩が教えてくれる。それを聞いて駒重さんは、「えーっ」と声を上げた。


「もう、仕方ないわね。アタシも梅吉を追いかけ回して疲れちゃったし、今日はもう帰るわ」


 駒重さんがそう言うので、私達は来た道を引き返す。


 しかし、その最中、

「おい、そこの二人。ちょっと待て」

 穂北先輩に声をかけられ、そして――。


 気付けば私達は弓道場へと上がって、なぜか正座をさせられる。

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