第6戦:嘘吐き次男と星空と、な件について

1.

 キーンコーンと甲高いチャイムの音が鳴り、私はお弁当を取り出すとすぐに机の上に広げる。今日のおかずは何かなあ。あっ、ミニオムレツが入ってる! これ、大好きなんだよね。


 オムレツは最後に取っておいて。キャロットラペから食べようと摘んでいると、ふと教室の中が騒がしくなった。どうしたんだろう。とある一角から、おめでとうの声が飛び交っていた。


「何かあったの?」


 尋ねると、その中心にいた栞告かこは嬉しそうに、

「あのね、今度、梅吉先輩とデートできるんだ」


「えっ、デート?」


 デートって、それも梅吉兄さんと?


 栞告と梅吉兄さんって、付き合ってたの!?


 驚いていると、栞告は、にこりと笑って、

「三カ月後だけどね」

 さらりとそう言った。


 はあ? 三カ月後……? あれ、私の聞き間違いかな。


「えーと、三カ月後? 三日後とか三週間後じゃなくて?」


「うん、三カ月後」


 やっぱり栞告は、きっぱりと返す。


「だって先輩、忙しいから。仕方ないよ」


「良かったね。栞告、中学の頃からずっと先輩のこと好きだったもんね」


「うん。がんばって声かけてみて良かった」


「おめでとう」と、また祝福ムードに包まれる中、私は一人その場の雰囲気についていけず。ぱくぱくと無言でお弁当を食べ続けた。



✳︎



 放課後――。


 今日は久し振りに部活が休みで、私はいつもより早い時間に帰路を歩いていた。


 それにしても。


 栞告、梅吉兄さんとデートできるって、まだまだ先の話だけど、それでも、とってもうれしそうだったな。


 デート、か。……私には無縁の話だ。


 だけどデートって何をするんだろう。遊園地や水族館に行ったり、映画を観に行ったりとかかな。あとはカフェでお茶をしながらおしゃべりしたり? ……なんて、やっぱり私にはよく分からないや。


 そんなことを考えながら歩いていると、ふと前方に見知った姿が目に入った。それは噂をしてればなんとやら、梅吉兄さんで。兄さんも部活、休みだったのかな。公園のベンチに腰をかけてスマホをいじっていた。


 どうしたんだろう。家に帰らないのかな。


 私は兄さんに近付き、

「梅吉兄さん、こんな所で何してるんですか?」

と訊ねた。すると兄さんは私に気付いて、スマホの画面から顔を上げた。


「おっ。なんだ、牡丹か。何って、そんなの決まってるだろう」


 梅吉兄さんは、にたりと白い歯を覗かせる。それから口を大きく開いていったけど、

「梅吉、お待たせー!」

「ごめんね、梅吉。遅くなっちゃったあー」

と、それぞれ別のデザインの制服に身を包んだ女の人が二人、二方向から現れて、兄さんの前でぴたりと止まった。


 女の子達はお互いの顔を見るなり、

「……はあ? アンタ、誰よ」


「そう言うあなたこそ。どこの誰かしら?」


 彼女達は目が合うと、一瞬の内に互いに悟ったんだろう。バチバチと激しい火花を放ち合う。


 こういうのを修羅場って言うんだよね?


 まさに修羅場下にいる兄さんは、珍しく眉尻を下げていた。


 そして、

「げっ、まずった。ダブルブッキングかよ……」

 口先で小さく呟いた。


「梅吉、今日はアタシとデートだよね!?」


「なに言ってるの。梅吉は私とデートするんだから!」


 二人は目を燦爛と光らせて、

「どっちを選ぶの!?」

 ぐいぐいと兄さんに詰め寄っていく。


 きっと本来なら展開されるはずだった楽しいデートのために、せっかくした化粧も憤然とした面持ちのせいですっかり台無しだ。


「梅吉、アタシよね!?」


「いいえ、私に決まってるわ!」


「なによ、アタシだってば!」


「あなたより私の方が梅吉に相応しいわ!」


 のべつ幕なし、彼女達は次から次へと言葉を発する。ぴーぴーと二人の言い争いは止まらない。


 その原因である兄さんは二人の顔を交互に眺め、眉間に皺を寄せて考え込む。


「そうだなあ。よし、こうなったら……」


 そう一人決意をすると、がしりとなぜか私の腕を掴み取った。


「ごめん、二人とも。俺、今日はこの子とデートするから」


「……はあっ!?」


「ちょっと、どういうことよ!」


 そうだよ。兄さんったら、突然何を言い出すんだろう。二人はもちろん納得するはずがない。またしても非難の音を上げ始める。


 けれど兄さんは私の耳元に顔を寄せ、

「牡丹、行くぞ」


「えっ。行くってどこに……って、きゃあっ!?」


「ちょっと、梅吉!? どこ行くのよ!」


「話はまだ終わってないわよ!」


「待ちなさいよ!」と甲高い音で喚く二人を一切無視し、兄さんは私の腕をぐいぐいと引っ張ってその場から走り出した。


「ちょっ……、ちょっと、梅吉兄さん! どうして私まで逃げないといけないんですかっ!?」


「どうしてって、そうだなあ。話の流れ的に……かな?」


「はあっ? 意味が分かりません!」


 私は声を荒げて非難するけど、背後から迫って来る鬼の仮面を付けた二人の女の人の姿が目に入ると、ひっと短い悲鳴が喉奥からもれた。


 瞬間、兄さんに付いて行くという選択肢以外はきれいに消え去って、私は引っ張られるがまま、ひたすらに足を動かし続けた。

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