4.

 キーンコーンと甲高い鐘の音が校内中へと響き渡る。


 私はその音を聞きながら半歩前を歩く先生の後を付いていき、一年三組と書かれた表札を掲げている教室の中へと入った。そのまま先生から促されて教壇の脇に立つと、

「えっと、今日からこの学校に転校してきた、天正牡丹です」

 よろしくお願いします、と別段面白みもない定例文を続けさせてから軽く頭を下げた。


 そっか。私、もう“天正”なんだよね……。


 自分で言っておきながら、だけど慣れるまで、まだまだ時間がかかりそう。


 そんなことを思いながら私は先生の指示に従って、窮屈に並べられた机の間を通り抜け、窓際の一番後ろの空いていた席に腰を下ろした。


 すると、

「ねえ!」

 席に着くなり前の席に座っていた子がおさげ髪を揺らしながら、くるりと上半身だけを後ろに向けた。


 それから、にこっと笑って、

「アタシ、与四田よしだ美竹みたけって言うの」

 よろしくね、そう言ってくれた。


「うん。こちらこそ。よろしくね」


「ねえ、ねえ。天正さんのこと、“牡丹”って呼んでもいい?」


「別にいいけど……」


「それじゃあ、改めて。よろしくね、牡丹。アタシのことは美竹で良いから。

 それでさ、牡丹の苗字って、“天正”でしょう? もしかして、あの天正なの?」


 好奇心に満ちた視線を差し向けてくる美竹に、一瞬息が詰まった。


 ああ、やっぱりここでも、“あの”が付くんだ。この子も、今までの人達と同じ──……。


「うん。多分、美竹の思ってる天正だけど……」


 ちらりと美竹の顔を盗み見ると、だけど予想とは裏腹。美竹はきらきらと瞳を輝かせていた。


 それから、

「やっぱり、そうなんだ! すごい!!」

と、はしゃいだ声を出す。


「えっ。すごいって、何が?」


「だって、あの天正家の一員なんでしょう?」


「そうだけど、私の兄弟のこと知ってるの?」


「もちろん! 天正家のことを知らない人なんて、この学校にはいないよー」


 へえ、兄さん達って有名なんだ。


 そう思っていると美竹だけじゃなく、いつの間にかクラス中の女の子がこぞって私の周りに集まっていた。


「だって天正家の人達って、みんな、カッコイイんだもん……!」


 どの女の子の瞳もうっとりと、とろけていた。


「長男の道松先輩は高貴で気高くて、なによりあのクールな瞳がたまらない……! 射撃部のエースで、戦場フィールドの貴公子って異名があるくらいでしょう」


「道松先輩ももちろん良いけど、次男の梅吉先輩もちょっとチャラチャラしてるけど、カッコイイんだよね!」


「三男の桜文先輩は柔道部の主将でしょう。とっても強くて負け知らずで。やっぱり男は強くないとよねー」


「私は四男の藤助先輩推し! 料理部部長で、先輩の作る料理はとってもおいしくて。それに、とっても優しいし!」


「五男の菖蒲先輩は頭が良くて、テストでは常に首席で。あの凛々しさが何とも言えないのよねえ……」


「あと初等部にも歳の離れた弟がいるんだよね。芒くんだっけ? 芒くんも天才少年って騒がれてたっけ」


「そうなの? 家ではそんな風には見えないけど……」


 末っ子の家での様子をつい思い出していると、美竹は急にぐいと私の方に身を乗り出してきた。


「菊くんはね、クールで誰も寄せ付けなくて。一匹狼って感じかな? でも、そういう所がカッコイイんだよね」


 ふうん。菊ってば、学校でもそんな感じなんだ。


 やっぱりと思っていると、美竹は、

「それに」

と一際大きな声を出して、

「菊くんは何より我が高校の演劇部の期待の星なんだから!」


「えっ、演劇?」


「うん、菊くんの演技力はすごいんだから!」


「そう、そう。菊くんが出る舞台の公演チケットの倍率はめちゃくちゃ高くなるから、なかなか観れないんだけどね」


 へえ、あの菊が演劇部期待の星かあ……。確かにあの容姿ならステージの上でとっても目立ちそうだし、王子様の役とか似合いそうだけど。あのつっけんどんな菊が演技なんて、全然想像できないや。


 そんな感じですっかり兄さん達の話題で盛り上がっている中、不意に横から、「よっ!」と声がかかった。


「どうだ、牡丹。新しい学校は」


「梅吉さん!? それに桜文さんも。どうしてここに?」


「移動教室で近くまで来たから、かわいい妹の様子を見に来たんだよ。それにしても。

 あのなあ、牡丹。昨日も言っただろう。俺達のことは“お兄ちゃん”と呼べと」


「はあ。それより梅吉さん、ほっぺたにご飯粒付いてますよ」


「なに!? うわっ、本当だ。さっき、おにぎりを食べたからな」


「なあ、梅吉。そろそろ授業が始まるぞ」


「そうだな。そんじゃあ俺達はもう行くわ」


 楽しくやりなよと梅吉さんは、ひらひらと後ろ手に手を振りながら教室から去って行く。


 そんな二人の後ろ姿を美竹達は先程以上に瞳を輝かせて見つめていた。


「やっぱりカッコイイ……!!」


 女の子達は、すっかり骨抜きになっている。


「牡丹ってば、ずるーい!」


「いいなー!」


なんて声がまた飛び交う。


 確かにあの人達、みんな顔はカッコイイとは思う。私と半分だけど血が繋がっているなんて、とても思えないもの。


 だけど。


 道松さんと梅吉さんはいつもケンカばかりだし、桜文さんは天然で何を考えているのかよく分からない。藤助さんはお母さんみたいな感じだし、生真面目な菖蒲さんとはまだあまり話したことがない。菊は問題外、すっかり嫌われているもん。


 って、あれ……。私、普通に……とは言っても話している内容は全然普通じゃないけど、でも、普通に会話してる?


 周囲の好奇な視線は変わらないながらも今までとは異なるその色に、私はこっそりと小さな息を吐き出した。

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