2.

 そうだった。すっかり寝ぼけていたけど、二カ月ほど前、お母さんが病気で亡くなって。行方不明だったお父さんの情報を得た私は、そのお父さんがいるという家に行った。だけど待っていたのはお父さんじゃなくて、なぜか腹違いの――、半分だけ血の繋がった異母兄弟達だった。


 こうして一日で七人もの異母だけど兄弟を得た私は、他の兄弟達と一緒に、私にお父さんのことを教えてくれた天羽さんという人を養父に天正家に引き取られたのだった。


 私はベッド脇のサイドテーブルに置いていた、お母さんの写真が入っている写真立てを手に取ると、ぎゅっと強く抱き締める。


「お母さん、私、一人でもがんばって生きていくからね」


 だから見守っていてね、と私はお母さんの写真に向かって話しかけた。


 っと、いけない。もうこんな時間だ。時計を目にした私は写真立てをテーブルに戻すと、パジャマを脱いでいく。


 私は制服に――、新しい、まだなんの香りにも染まっていない服に身を包むと、くるりと鏡の前で回ってみる。


 新しいこの制服は、ジャンパースカートにボレロっていう上着を羽織ったタイプで。特にボレロを結んでいる、胸の前の赤いリボンがなかなかかわいくてお気に入りだ。


 私はスカートをひるがえして部屋を出ると階段を下りて、今度は洗面所に向かう。顔を洗って髪をとかして。身支度を整えると、玄関脇に位置しているリビングへと入った。


 そのまま奥の食卓に着くと、エプロン姿の藤助さんが、ことんと私の前に茶碗によそられたばかりで湯気の立った白米とお味噌汁を置いてくれた。


 私が天正家に来てから数日が経つけど、分かったことがいくつかある。


 例えば、天正家四男・藤助さん――。


 藤助さんは家事一式を取り仕切っていて、それに加えて財政の管理もやってるみたい。天羽さんは仕事で出張していることが多くて、ほとんど家にはいなくて。だから天羽さんに代わって藤助さんが家の管理をしている。つまり天正家の財布は藤助さんが握っているも同然なんだって。


 正直に言えば、藤助さんは私より料理が上手。ううん、藤助さんの作るご飯は、とってもおいしい。まるでプロの料理人みたい。


 ずずう……と温かい味噌汁をすすっていると、突然、バンッ! と鈍い音が室内に響いた。


「おい、どうしてもっと早く起こしてくれなかったんだよっ!」


 扉の方を振り向くと、きゃあきゃあと声を上げている芒を脇に抱えた梅吉さんの姿があった。梅吉さんは、ぽーんと芒を放り投げると、バタバタと室内を慌ただしく駆け巡る。


「ええと、カバン、カバン! それとジャージも。ああっ、もう! カバンどこいった!?」


「梅吉、ほら、カバン。俺は何度も起こしたよ。それなのに梅吉が、『あと五分……』って、なかなか起きなかったんだろう。牡丹の悲鳴だって聞こえてなかったでしょう。

 お弁当と、それから、これも。お握りを作っておいたから隙を見て食べなよ」


「ああ、藤助。いつも悪いな」


 梅吉さんはお弁当袋を藤助さんから受け取ると、飛び出すように家から出て行った。


 天正家次男・梅吉さん――。


 梅吉さんはお調子者で、だらしなくて。見た目通り軽くて、いっつも藤助さんに怒られてばかりだ。だけど気さくで話しやすくて、天正家のムードメーカー的存在かな。


 梅吉さんがいなくなって、まるで嵐が過ぎ去った後みたいに室内はすっかり静まり返る。


「それにしても梅吉さん、随分と早く家を出るんですね」


「なに、アイツは朝練だよ。あれでも一応、弓道部のエースだからな。信じられんだろうが」


「へえ。そうなんですか」


「全く、朝っぱらから騒々しい」


 かき上げられた前髪のおかげで開けた額から覗かせている尖った眉と同じくらい、ぎろりと瞳を鋭かせ、道松さんはぼやきながらも淹れ立てのコーヒーを口にする。


 天正家長男・道松さん――。


 普段は口数が少なくてクールな雰囲気だけど、梅吉さんとは折り合いが悪いのか、事ある毎にケンカが絶えない。二人の争いは日常茶飯事みたい。


「ふわあ……、おはよう」


 大きな欠伸をしながら部屋の中に入って来た桜文さんは巨体を揺らし、のたのたと自分の席に着く。ちらりと私と目が合うと目尻を下げ、

「おはよう、牡丹ちゃん」

と、もう一度口にした。


 天正家三男・桜文さん――。


 身長は二メートル近くもあって、天正家一……、ううん、一般の男子高校生の中でも一際背が高く、また、がっしりとした体付きをしている。だけどその見た目とは裏腹、おおらかな性格でおっとりとしていて、ちょっと天然かな。


「おはようございます」


 そう堅苦しいあいさつをして入って来たのは、天正家五男・菖蒲さん――。


 菖蒲さんは席に着くと、人差し指で、ぐいとずれた銀縁眼鏡を押し上げる。レンズの向こう側には凛とした瞳が宿っている。


 菖蒲さんは、とても真面目で。静かに両手を合わせると、いただきますと、やっぱり丁寧に言ってから箸を持った。


 そして最後にリビングに入って来たのは、一ミリの狂いもないような精巧な顔立ちをした男の子だ。さらさらの栗色がかった髪に白い肌、それから氷みたいな瞳を揺らしながら自分の席に着く。


 天正家六男・菊――。


「藤助お兄ちゃん。僕、もう行くね」


「うん、いってらっしゃい。忘れ物はない?」


「大丈夫。それじゃあ、いってきまーす!」


 芒は元気良く返事をすると、ぴょこぴょことランドセルを軽く揺らしながらリビングから出て行く。


 天正家七男・芒――。


 天正家唯一の小学生で、年相応の活気さに愛くるしい笑みをいつも携えている。毎朝、兄さん達を起こして回るのが芒の役目みたい。


 そして、私がこんな天正家の長女だそうで――……。

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