第2戦:私の兄弟は学園の支配者だった件について

1.

『ねえ、知ってる? ほら、大塚おおつかさんち』


『えっ。なに、なに? 何の話?』


『それが大塚さんの奥さん、旦那さんに逃げられちゃったんですって』


『えっ、そうだったの? 私はてっきり事故か病気で亡くなったのかとばかり……』


『それが違うのよ。かわいそうに、まだ小さい子もいるのにねえ』


 うるさい、うるさい。ああ、うるさい。


 みんな、勝手なことばかり言って……。


『おい。お前んち、父親いないんだろう?』


『知ってるぞ。お前の父ちゃん、浮気して家を出て行ったって』


『やーい。お前の父親、浮気者ー!』


 雑音、雑音。全てが雑音だ。


 どうして私達が、こんなみじめな思いをしなちゃならないの? 私とお母さんが何かした? ……これも全てお父さんのせいだ。


 ああ、そうだ。


 だから私は、絶対にお父さんを……!


 お父さんを許さない――っ!!


 私は思い切り叫ぶ。するとそんな私をなぐさめるみたいに、急に全身が優しい温もりに包まれた。


 なんだろう、とっても心地良い。こんな穏やかな気持ちになるのは久し振りだな。お母さんが死んじゃって以来かもしれない。


 そんなことを考えながら薄っすらと目蓋を開かせていくと、

「ん……? え……、え、え?」

 目の前にはなぜかマリア像みたいな、きれいな顔があった。


 あ、まつげ長いな……って、そうじゃない! 私は起き上がろうとしたけど、突然マリア様ではなく菊の腕がにゅっと伸びてきて、私の腰の辺りに巻き付いた。そして――。


 菊の心臓の音が、とくん、とくんと聞こえてくる。作りものみたいなのに、ちゃんと生きてるんだな……って、だから、そうじゃない!


 私は喉奥を震わせて、

「きっ……、キャーッ!!?」

 思い切り叫んだ。


 すると私の悲鳴を聞いてだろう、バタバタと複数の足音が廊下から聞こえてきた。


 そして、

「なに、どうしたの!?」

と藤助さんが私の部屋に飛び込んで来た。その後ろには寝ぼけ眼を手でこすっている桜文さんや、はた迷惑そうな顔をしている道松さん達も立っていた。


 藤助さんだけが、

「どうしたの、牡丹!?」

と私のことを心配してくれる。


「あ、あ、あれ……!」


 だけど私はうまく言葉が出てこなくて、無関心そうな顔をしている菊を指差した。


「菊、どうして牡丹のベッドにいるの?」


 藤助さんが訊くと、

「夜中にトイレに起きて、寝ぼけて部屋を間違えた」

と菊はさらりと言った。


「もう、菊ってば。牡丹は女の子なんだから気を付けなよ」


 ちょっと待って、それだけ? もっと怒ってもいいんじゃない?


 私がそう思っていると菊は気怠げに私のことを見て、

「いちいち大袈裟なんだよ。誰もお前みたいなガキ、頼まれたって襲わないっつうの」


「なっ……!?」


 ひっどーい!! なによ、自分が悪いくせに!


 今度こそ藤助さんが怒ってくれたけど、でも、菊はつんとそっぽを向いて話を聞かない。本当にやなやつ!


 ぶつけ所のない怒りを、どうすることもできなくて。だから私は心の中で思い切り叫んだ。


 いーっだ!!

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